白石 若松孝二の同志であった、大島渚監督も「映画はスキャンダラスであることが重要で、スキャンダラスなことをやってのけることが監督の才能だ」と語ってましたけど、まさに60、70年代の日本のアングラ映画の再来のような作品でしたね。
足立 時代に向き合うならね、その時の最も興味ある事件なり課題を正面からやるってことが映画表現として意義深いことなんですよ。とはいえ、ヒットメーカーになった白石くんの映画とは違って、東京じゃ一館も上映してくれないんですがね。
白石 やっぱり劇場がビビちゃったんですか。でも、他の県の上映では結構お客さんが入ってるんですよね? だったら、そのうち東京の劇場からも上映してくださいって言ってきますよ。結局、映画ってのは「客が入る」ことが正義なんですから(笑)。
足立 上映が始まる前は、街宣車や統一教会側が来たらイッチョ闘ってやるかと腕捲りで舞台挨拶に向かったんだけど、今のところは特に大きな問題も起きてないです。ただ、上映前からずーっと停まってる車がいるなと思ったら、公安だったなんてことはあったけど(笑)。タダで護衛してもらえて頼もしいな、なんてね。
白石 そもそも映画の題材でもある、安倍元首相が銃撃された時、足立さんはどんな感情を抱きました?
足立 大変なことが起きた、と同時にもったいないな、ってことかな。トランプと安倍の時代になって、今まで陰謀とか、影の政治で行われてたことが、全部表で堂々とやられてしまうことになった。政治の底が抜けた時代になったん。安倍政治は許せないものの、もっともっと生かして、底の底までこの国の腐敗や汚職が明るみに出てほしいと思った。そういう意味で、もったいない。ボンボンの馬鹿だから、生きてれば生きてるだけボロが出てくるはずだったわけで。同時に、撃ったやつは普通の人間じゃないなと思ったね。自分は以前に『略称・連続射殺魔』って作品で、永山則夫を題材にした映画を撮ったから、これは俺が映画にしなきゃと直感的に思ってさ。そんなこと思ってたら、事件の翌日に脚本をやることになる井上淳一から電話があってね。一言「足立さん、どうしますか」。「やるってこったろ」って返した。人が聞いたら何の話だって感じの電話で映画が始まったんだよ。
白石 決起みたいですね(笑)。若松さんは晩年、日本社会党の浅沼稲次郎を暗殺した山口二矢を題材にして、9・11以降世界の為政者が「テロ」という言葉を都合よく使っていることを問題にしたい、テロリズムとは何なのかを描きたいと語っていましたよね。安倍元首相が撃たれた直後、自分はその企画を思い出していたんです。が、すぐに山上容疑者が自らこれはテロじゃなく、統一教会への私恨だと言ってて本当に驚きました。山上の動機をどう捉えてます?
足立 言うなれば「個人決起」すよ。テロってのは暴力を用いて恐怖を煽る、つまり事件の後にこそテロという行動のテーマがある。けれど山上の場合は、彼の最後の手紙に書いてある通り、その後のことは一切考えられないとはっきり言ってる。とはいえ、安倍の死によって隠されたものが明るみに出るだろうってことくらいは了解していただろうけど。ただ僕は、その程度のことはテロとは言わない。作品もあくまで個人の決起として描いたつもりです。
白石 山上って男は、どんな人間だと思いました?
足立 統一教会を憎しみながら、どこまでも統一教会が作った縛りの中から抜けきれない自分を発見してしまった男なんだろうと思ったね。事件からしばらくして、山上のツイッターが見つかったじゃないですか。文面は論理的で、頭の良さが伝わってくるけど、すべての文章が自分に向かっていってるように見えたんだ。自分に対して言葉を尽くしていく中で、次第に死んだ父や兄、遠くに行ってしまった母親ともう一度崩壊した家族を復活させたいという叶わない願い以外に、自分の中身は何もないことに気がついてしまったんじゃないかと。
白石 家族が奪われたから統一教会に復讐したいという気持ちには共感できるけれど、その目的のために安倍元首相を殺そうと発想するのは、常人ならざるものを感じますよね。
足立 論理的飛躍ですよね。安倍を殺すことによって自分の目的が達成できるという目算があったのは確かだろうけど、それ以上に山上にとって安倍は、自分自身と同様に向き合うことができた数少ない人間の1人なんだろうとも思うわけです。映画の中では、「自分と安倍は正反対の人間だ」ーーつまり、統一教会によって利得を得た男と失った男。家族のおかげで成功できた男と奪われた男…と、言ったように。自分の写し鏡をそこに見つけるわけ。そして自分を変えて生きていくことや、自殺といった自分ひとりで達成できる変革に山上はことごとく失敗してしまっている。だからこそ、純粋な殺意という形になって銃撃が成功したというのが僕の見方なんです。
白石 永山則夫を描いた映画では、彼が生まれ育った足跡をたどり彼に近づいていこうとされてましたよね。山上にも、永山と似たものを感じて惹かれる部分があったんですかね。
足立 2人はとても似てるけど、違う部分も同じくらい多い。山上と同じように、永山も母親から捨てられ、2人とも望まぬ形で不安定な雇用しか得られなかった。けれど、2人はその境遇の受け止め方が全く違う。永山の場合は、社会と世間の風景こそが自分を追い詰めるものだという認識を持っていて、それを打ち破ろうとしていた。けれど、山上の場合、すべての元凶を統一教会と家族に求めている。彼からすれば、社会の一面が非常にぼやけている。そういう面が、我々が山上を、つかみどころのない人物にさせている。
白石 そんな男の心に、どうやって近づいていったんでしょう。
足立 逆算しながら想像していくしかない。「ある男が元総理を撃った」という事実から遡り、どのように銃を用意したのか。銃を用意するにはどれくらいの準備と勉強が必要なのだろうか。その準備をこなすためには、どれほどの決意や根性、根拠を持っていたのか…と、逆算していくわけです。そうやって作劇のために自分自身を山上に投影していくわけです。
白石 劇中の名前では「川上」を演じたタモト清嵐くんは見事でしたね。僕らは、川上こと山上の姿は、取り押さえられるたった数秒の映像のみしか知らないわけですが、確かに紛れもなくこれは山上だと信じられる演技でした。
足立 白石作品の『止められるか、俺たちを』で使ってたから分かるだろうけど、タモトは小さい頃から役者として自分を律し続けている人間だから、ある種の共通性を感じて彼以外に山上の役は考えられなかった。俳優の存在感だけで撮るってのが俺の撮り方なんだけど、一切演技を付けるなんてことはせず、何にも言わずにやってくれた。あと、たまたま彼がフリーになってたのもよかった。事務所に所属してる役者じゃ、山上の役なんて受けてくれないから。
国会議事堂と日本武道館を爆破する
白石 事件からたった2カ月で最初の上映にまで漕ぎ着けたわけですけど、何日で撮り切ったんですか?
足立 6日半だね。こだわって撮りたいって気持ちもあったんだけど、山上の映画を作っているってことが世間にバレたら撮影を続けられなくなる恐れがあるから、猛スピードで撮ったよ。誰かが妨害しにくることもありうるし、もっと深刻なのは撮影場所が借りられなくなってしまう。とにかく内密にしてバレる前に撮っちゃおうと(笑)。埼玉の奥にある鉄工所跡にセットを組んで、そこに立て篭もるように撮り続けたわけです。
白石 こだわってないと言いつつ、室内だろうとどこだろうと山上の心象風景として雨を降らせる演出は非常に足立さんらしかったですよ。
足立 撮影プランをどうしますと聞かれ、「密着して撮る」「心の中を描くときは雨を降らせる」って2点だけは最初に決めたんです。雨を降らせすぎて、スタッフにはまたですか? なんて言われたけど。
白石 雨の街を歩くところなんかも良かったです。僕がこの映画を最初に観て思ったのは、足立さんの演出ってすごく若いなってことなんですよ。
足立 単純って底が浅いってこと?(笑)
白石 そんなこと一言も言ってないじゃないですか、褒めてるんですよ! 『REV~』では山上が、2人の2世の女性と出会うフィクションのストーリーが設けられてますよね。で、その1人が革命家2世。しかも、革命戦士としてアラブに行った映画監督って、まんま足立さんで(笑)。あれは脚本の井上さんが入れたんですよね。
足立 そうなんだよ。俺はそんなの楽屋オチだから入れたくないって言ったけど、井上が「ここだけは削らないでくれ」って強く言うもんで。
白石 あれは間違いなく入れて正解でしたよ。この映画が、足立正生という監督が山上をどう捉えているかを描くものだというのが、相対化する視線が導入されて鮮明になっていますから。
足立 舞台挨拶に行くと、「自分も宗教2世なんです」というお客さんが何人も来てくれていて、山上と2世の交流に心打たれたと言ってもらったりもしたんだけど、同時に描きたりないとも言われてね。白石くんに若いと言われたし、次の作品では反省を活かしたいと思いますよ(笑)。
白石 山上と母親との機微も独特なものがありましたね。彼のツイッターなんかを読むと、母親を恨んでしょうがないように見えるけど、足立さんはそれでもまだ愛情を求めているように描いています。
足立 山上はマザコンなんですよ。ちょっとでも手を振ってもらいたい、それくらい母からの愛情を求めてるんだと思っててね。ところで、白石くんだったら、山上をどうやって撮ったと思う?
白石 映画をどうやって終わらせるってことを、多分自分は見つけられなかったと思いますね。かつての若松プロだったら、さらに国会に突っ込むみたいな終わらせ方をさせたと思うけど、さすがに作品に合わないだろうし(笑)。
足立 まさに、最初の井上の脚本が、山上の妹が兄に影響されて自転車に爆弾を積んで国葬会場の日本武道館や国会議事堂でドーーンと爆発するオチだったんだよ。
白石 やっぱり若松プロだ(笑)。
足立 映画の表現として爆発へ持っていくのは楽だけど、そういうカタルシスじゃ解決しないだろと却下したんだ。自分自身に、そういう暴力革命は敗北してきたって実感があるから。革命家としての自分も、いま暴力闘争が求められていないから行動に出ないって考えがあるわけで。とはいえ、権力闘争が起きれば必ず暴力が要るわけだから、そういう意味では暴力を否定するわけではないものの、現在の闘争の最前線はどこかといえば、それは思想闘争なわけですよ。思想闘争でもここまで敗北し続けてきたから、安倍への忖度で行政が全てを動かす国になってしまっている。まずは、こんな社会おかしいだろってことからしか闘争ってのは始まらない。だから、まずはその第一歩が必要だってことで『REVOLUTION+1』というタイトルになるんです。
初出/実話BUNKA超タブー2023年3月号
監督:足立正生/企画・脚本:井上淳一、足立正生/撮影:高間賢治/出演:タモト清嵐、岩崎聡子、高橋雄祐、紫木風太/配給:太秦/横浜シネマ・ジャック&ベティなどで公開中
『PFLP 世界戦争宣言』などで知られ、元日本赤軍メンバーという経歴を持つ映画監督の足立正生が、安倍元首相の銃撃事件で逮捕された山上容疑者をモデルに描く。『止められるか、俺たちを』などに出演したタモト清嵐が、山上容疑者をモデルにした青年・川上哲也を演じる。
PROFILE:
足立正生(あだち・まさお)
1939年生まれ。日本大学芸術学部映画学科在学中に自主制作した『鎖陰』で一躍脚光を浴びる。大学中退後、若松孝二の独立プロダクションに加わり、性と革命を主題にした前衛的なピンク映画の脚本を量産する。監督としても1966年に『堕胎』で商業デビュー。1971年にカンヌ映画祭の帰路、故若松孝二監督とパレスチナへ渡り、パレスチナ解放人民戦線のゲリラ隊に加わり共闘しつつ、パレスチナゲリラの日常を描いた『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』を撮影・製作。1974年重信房子率いる日本赤軍に合流、国際指名手配される。1997年にはレバノン・ルミエ刑務所にて逮捕抑留。2000年3月刑期満了、身柄を日本へ強制送還。2007年、赤軍メンバーの岡本公三をモデルに描いた『幽閉者 テロリスト』で35年ぶりにメガホンを取り、日本での創作活動を再開。
PROFILE:
白石和彌(しらいし・かずや)
1974年北海道生まれ。ノンフィクションを原作とした『凶悪』は、第37回日本アカデミー賞優秀作品賞・脚本賞ほか各映画賞を総嘗めし一躍脚光を浴びる。その他、『日本で一番悪い奴ら』(16年)『孤狼の血』(17年)など。最新作は『仮面ライダーBLACK SUN』。『実話BUNKAタブー』にて連載掲載中。