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PROFILE:
しまおまほ
1978年生まれ。東京都出身。多摩美術大学芸術学部卒業。1997年、『女子高生ゴリコ』でデビュー。近著に、『家族って』(河出書房新社)、『スーベニア』(文藝春秋)がある。
X:@mahomahowar
初体験は必ずしも本命とするとは限らない
初めて他人を好きになったのは、幼稚園の年中組の時だった。「えんどうようへい」君という園で一番肉厚な男の子。ノシノシと歩く彼を見る度に胸が躍って幼稚園へ行くのが楽しみで仕方なかった。家にある大きなクマのぬいぐるみにも「えんどうようへい」という名前をつけて隠れて抱きしめたり、おでこにキスをしていたりした。でも、なぜ彼のことがこんなにも好きだったのか、その後の恋愛対象ともまるで共通点がなく、未だ不思議に思う。体は大きいけど内気で目立つタイプでもなく、女子の人気が高かったわけでもない。大勢いる園児の中で、誰に流されるわけでもなく彼を見つけたのは何故だろう。当時のわたしの将来の夢が「お相撲さん」だったからなのだろうか? ようへい君とは幼稚園卒園を機に離れ離れとなり、それっきり。
『あこがれ』を読んだのはようへい君に恋をしていた頃だった。少女漫画を集めていた叔母からのプレゼント。主人公の千穂は佐渡のホテルで住み込みで働く孤児。ホテルの経営者は親戚だが、味方は亡くなった母の兄である叔父だけ。同い年の従姉妹みさ子が幼少期に崖から落ちて負った脚の怪我の原因は千穂にあると濡れ衣を着せられ、叔父の家族からも島の人たちからもいじめられる。そこへ突如現れた国民的大スター上月光に見そめられるが次々と試練が…という超正統派少女漫画の展開。それを幼稚園生ながら、これは自分のとは違うぞ、と思った。華やかな世界に住む王子様のような男性から好意を持たれ、さまざまな障壁をも乗り越えて人知れず恋を育む…そんな展開にハラハラドキドキもしたけれど、好きな人の名前をつけたぬいぐるみをこっそり抱いて顔を埋めた時の後ろめたさ、彼の肉に埋もれた小さな唇を知らぬうちに食い入るように見つめている時間。そんなものは『あこがれ』には描かれていなかった。しかし、その徹底した世界観を突きつけられたインパクトもあって、しばらくは恋愛の本筋は『あこがれ』にあるのだろうと信じていた。
小学生になってからは『コロコロコミック』しか読まなくなったので、自分の知る恋愛は『あこがれ』のままだった。中学年くらいになると同級生の女子たちは『リボン』や『なかよし』、コバルト文庫を友達同士でキャーキャー言いながら読んでいたけれど、なんだかどれもわたしには現実味のない生ぬるいストーリーに思えていた。