――みんながある程度共有できる歴史認識というか。
辻田 「右翼/左翼だったらこう考えるべき」みたいな世界観や歴史観があって、そこからズレることが許されないみたいな現象が起きがちですよね。でも、世の中にはグラデーションがあって、グレーだってことなんですよ。私のいう「65点が大事」というのはそういうことですね。0点か100点の世界はすごい貧しいし、危険なんです。
――その「65点」のようなバランス感を辻田さんが持てた理由は?
辻田 私は中学生の時から歴史やミリタリーが好きだったのですが、形骸化した平和教育を押し付けてくる教師が、実は何も知らないということに気づいて。そこから「新しい歴史教科書をつくる会」に興味を持ったりもしたわけです。だから右寄りになったこともある。一方で、その後進んだ大学の教育はリベラルで、それはそれでよくできた理論だと感じたこともある。そうやって左右両方の人や意見を聞いたり、逆についていけないと思ったり、そこで「じゃあその反対意見は」「自分はどう解釈するのか」と学んでいく中で、それなりのバランスが取れていったと思いますね。
――その65点の歴史は、世界には通用すると思いますか?
辻田 例えば、ドイツとフランスの間で、共通の歴史認識を持とうという動きがありますが、日本と韓国やアジア諸国のような、支配したり植民地にしていた地域と共通の歴史観を持つのは難しいし、本当に遠い目標になるでしょうね。ただ、それにはフィリピンの例がすごく参考になると思います。フィリピンでは「許そう、だが忘れない」がキーワードになっているんですね。もちろん、フィリピンでも多くの人が亡くなっているし、日本を許していない人も当然います。でも〝国”としては、〝許す”ということに重きに置いている。それに対して、日本側ができるのは〝忘れない”しかないですよね。向こうの国が〝許そう”と言ってくれているのに、「いや! でもその歴史の見方は!」といっても揉めるだけ。だから、こちらもその物語に乗って手を握るってことが、すごく大事だと思いますね。同じように、メッセージという意味では、戦前、国際連盟がつくられる時、日本が規約に人種差別撤廃の文言を入れようとしたら、英米の反対で否定されたという話があります。これに関して右派は「日本は人種差別を撤廃しようとした」、左派は「植民地で現地人を差別してたのに二枚舌だ」とぶつかる。でも「人種差別を撤廃しよう」というメッセージ自体は正しいですよね。だから、日本が植民地で差別をしていたことは認め、反省する。一方で、このメッセージを発信したことは評価すべき。そして現代日本は率先して差別を止める。それができれば、どちらの立場も両立できると思うんですよね。
中間層に向けた歴史が減少
――もう一つ時事ネタでいえば、本田圭佑が南京事件に関して、いわゆるタカ派である石原慎太郎と河村たかしの意見に賛同するコメントを出して炎上しました。その是非は別にして、最近はSNSなどで「南京事件自体が〝なかった”」という意見も多く流れるようになりました。
辻田 以前は、左右というスタンスの違いはあったとしても、「ベースとなる事実を否定してはいけませんよね」という意識があった。例えば昨年(2024年)亡くなった西尾幹二さんは、富士山を喩えにされていて。曰く、富士山があるという事実は変わらない。でも、それをどんな角度で見るのか、夕日に染まった富士山を描くのか、雪の積もった富士山を描くのか……。それが解釈であり、歴史家のやるべきこと。しかし、富士山がないと言い出すのは歴史修正主義であり、それは間違っていると。西尾さんはリベラルから批判されがちな方で、私もすべて正しいとは言いませんが、そういったベースの考え方はあったと思うんですよね。
――ただ「その富士山がなかった」という意見がSNSでは一部で広がっています。
