413回 サブカルに限らずジャンルを背負ったタイトルの必読リストみたいなものはたいていツラい
「コラムのテーマですが、サブカル必読書とかいうやつが良さそうです」
編集氏からこのようなメールが届き、頭を抱えた。
Xを開くと引用RPの形で何度か流れてきた“サブカル『必読書150』”というリストについての話をしろということらしい。
何人かの知り合いに聞いてみると「あ、あれ見たよ」と言われたが肯定的にとらえているような感じではない。X上の反応も肯定的な言及よりも、否定的な言及の方が目立つ。
何か言いたくなるような内容だからこそ、わりと広がることになったのだと思う。
「サブカル」に限らず、この種の一個人がSNS上で披露する「ジャンルを理解する上で履修する必要がある作品リスト」という大上段に構えた作品リストは基本的に燃えがちである。
「あれが入っていない」とか「これが入っているのはおかしい」といった声は必ずでるもので、これは趣味の違いから異論が生まれているというだけではなく、選者がジャンルを体系的に把握できているかどうかが問われているということでもある。
ジャンル名をあげて必読とか必聴とかいうならば、そのジャンルの全体像に対する把握や歴史の認識が含まれていることを期待されるのは仕方がないわけで、自分の好きなものだけリストにあげているだけだったら、それは文句も出てくるだろう。
批評体系・歴史認識が成立していたり、何らかの形式が明確にあるジャンルのリストというのは作りやすいと思うが、それでも異論は出てくるものだ。
ジャンルに対する理解が深まるほど自分の理解がまだまだであるということがわかるようになり、リストを作って公開するようなことはなくなるわけだが、ジャンル全体に対する解像度が低い人に限ってパッションにかられてリストを不用意に公開しがちではある。
そういったリストはジャンルのガイドとしては価値が乏しく、「ジャンルを理解する上で履修する必要がある作品リスト」というよりは「ジャンルが大好きな私を理解する上で履修する必要がある作品リスト」というようなものになりがちである。
