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サブカルに限らずジャンルを背負ったタイトルの必読リストみたいなものはたいていツラい:ロマン優光連載413

連載
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「サブカル」という言葉が指すのはどういうものなのか。

ひとつには、サブカルチャーという領域の特定の部分を指し示す言葉であり、それは時代と共に変化するものである。90年代では特定の雑誌文化が先導していくことで、その領域が規定されていたわけだが、現在はネット上のぼんやりとした共通認識の中でなんとなく規定されている。

ひとつには、ハイカルチャーの手法で今まで俎上にあがらなかったような大衆文化に言及したり、既存の評価とは別の視点で新しい意味付けをするといった行為のことである。

ひとつには、そのジャンル自体に対する批評性を帯びた作品、ジャンル自体を言及するようなメタ要素の含まれる作品を指すことがある。

また、アヴァンギャルドやアンダーグラウンドのカルチャーにおける成果を本来の場所から切り離し、ポップカルチャーに取り入れた(あるいは簒奪した)作品がそう言われることがある。

世間的に「サブカル」と見なされているものの固有名詞が作中に登場したり、言及されるような作品も「サブカル」として見なされることが多い。

文系要素の強い世間的にマイナー目のクリエイターや作品が「サブカル」とよばれたり、それを好きな人が「サブカル」であると考えられたりもする。

「サブカル」を自認する層が好みそうなファッションの人を「サブカル」であるということもある。

それらの複合で「サブカル」というものは出来上がっている。

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たとえば、アイドルやプロレス自体は大衆文化に属するもので「サブカル」ではないが、そういったジャンルを対象にして独自の視点や他ジャンルで成立している「サブカル」的な視点で意味の書き換えをおこない語ることが流行ると、雑に「サブカル」だとくくられることがある。一方ではジャンル内で「サブカル」的な視点の導入がされたり、「サブカル」として人気がある音楽を取り入れることでジャンル内に「サブカル」と呼ばれる領域が生まれることもある。

こういったことはあらゆる大衆文化を対象に、あるいはそのジャンル内でおこることであり、時代と共に「サブカル」という言葉の指し示す範囲が変わっていくのはこういったところからでもある。

結局人の数だけ「サブカル」はあり、同じ人が語っていても状況や話す相手の理解度によって「サブカル」という言葉の指し示す範囲が違っていることだってあるもので、「サブカル」という言葉の指し示す範囲をこれこれこういう理由でここからここまでだと便宜的に規定し、あくまで便宜的ではあるが、この場ではその範囲のものを扱うということを明確に宣言しないとちゃんと語るのは難しいし、それをしたところで納得しない、あるいは誤読レベルで前提を理解できない人がでてくるようなめんどくさいものだと思う。

まあ、ある程度納得のできる歴史認識があったり、掘り下げがされているものであれば、他人の考える「サブカル」が自分の考えるそれと違っていても興味深く受け取ればいいだけの話で、私は色々な人の「サブカル」観を知るのは好きである。

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