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政治社会学者木下ちがやに訊く『なぜリベラル&左派は普通の日本人から嫌われるのか』

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木下 自分としてできるのは、リベラルや左派の立場から、左派やリベラルを批判するということですね。左派を叩かないと、右派も叩けないですから。共産党に関して言えば、以前は大衆政党としての側面が強かったんですよね。政治だけではなく、様々な文化運動にも関わったし、特に映画文化への影響はすごかった。山田洋次監督も共産党のシンパだった。でも、山田さんは『男はつらいよ』のような映画としては非常に伝統的で保守的な、ローカルな感覚を大事にする作品を作っていた。そういうものを共産党は抱えていたし、非教養層と言われてきた人たちが、文化に触れる機会を作って、思想を広げていったんですよね。それこそ、いわさきちひろのカレンダーを配ったり(注:画家のいわさきちひろは共産党員)。でも、そういう多層的な機能が、どんどん弱くなって、いまはSNSばかりに走ってしまった。しかもWoke左翼のような「差別の再生産」みたいなことに加担して、自滅してるわけですよ。それよりも、職場や地域のような、普通の生活の中で、思想は薄くていいから、根をしっかり張らせることが大事だと思うんですよね。共産党は戦後民主主義の縮図のような部分があるから、共産党が自滅していくのは、戦後民主主義が力尽きることの象徴でもある。だから、それがなくなったら困るんですよ。議会制の中で緊張感を与える存在としても、誰もが評価してきたので。僕自身も批判はしていますが、共産党が健全になるための批判だと思っていますね。

――最後に、どうすれば「リベラル」は復権できると思いますか?

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木下 保守は「自然になるもの」、リベラルは「あるべきものを目指すもの」と定義することができます。ただ、「こうあるべき」というのは啓蒙主義なので、どうしても上から目線になりやすい。以前はそれでも「平和が大切だよね」みたいな、平易な言葉でその概念を共有してたと思うんですよ。でも、いまは「マイクロアグレッション」とか「トーンポリシング」みたいな、難解なカタカナ言葉を振りかざして、普通の人たちと共通言語を失っている。その状況はかなりマズいと思いますね。かつての戦後民主主義が提示していた、誰でも知ってる言葉、わかりやすい言葉で意識を共有することができるか、そして新しい世代の人たちに対して、どういう言葉をつくれるか、それが大事だと思いますね。そうやって認識を改めることができたら、左派やリベラルはまた再生していくかもしれませんよ。

 

取材・構成/高木〝JET〟晋一郎
初出/実話BUNKA超タブー2026年1月号

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