この蛭子漫画がとんでもない:根本敬の「蛭子能収タブーなし!但し『ぼぼ』は禁句」連載8

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第8回:この蛭子漫画がとんでもない

蛭子さんが漫画に情熱を向けてたのって最初の単行本『地獄に堕ちた教師ども』(1980年)と2冊目の『私はバカになりたい』(1981年)くらいまででしょうね。

この頃は作新学院時代の江川みたいでしたが、3冊目の『私の彼は意味がない』からは巨人に入って3年目くらいの江川みたいに手を抜くとこは手を抜くようになっていきましたね。でも、決めるときは決める、と。

どう手を抜きつつ読者を楽しませるか。そこに気をやってたのが83年くらいから。

中でも凄いのは京都の『ペリカン倶楽部』に連載していた4頁の漫画『お隣さん』のある回。何だったかワアっとあって頁をめくると見開き2頁が真っ白。何にも描いてない。でも次をめくるとなぜ真っ白だったかが分かり読んでるほうも納得させられてしまう。手抜きにも力量を感じさせてた。

まあとにかく江川じゃないですが手を抜くにもちゃんと考えて手を抜いてたわけです。しかしあれにはやられたなあ。

あと、ヤクザの耳に釣り糸ひっかけて「あいててて、あいててて」と痛がるヤクザの顔が何頁も続く漫画も『ガロ』に描いてましたね。たしか巻頭の2色頁に。

そういや、芸能人仕事も、んまぁ今程世間に認知されてはなかったけどとにかくぼちぼちって頃、ギャラの出ない『ガロ』はどうでもよくなってきて後回しに。珍しく締め切りが過ぎて猶予なしというときがあって。

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