第13回:蛭子さんは今、介護施設にいる
蛭子さんは真冬インフルエンザに罹ってしまい、高熱が続き大事をとって入院した。
それから退院したものの体力が大分弱ってしまったと耳にした。奥さんのはからいもあり、私は退院後ショートステイ先の介護施設を訪ねる機会を得た。
面会に行く道すがら車椅子で姿を現すと思っていたが、施設の方に支えられながらも自力で歩いてきたのでちょいと驚いた。
私は蛭子さんが「根本」とわかるようにかなりのびていた髭を剃り、Tシャツも絵柄にとらわれないように無地のものを着て出向いた。
蛭子さんと顔を合わせて「根本だよ、ネ、モ、ト、」と言うと「え、根本サン?」と怪訝な顔をする。でもまあこちらも蛭子さんも何だかお互い誰だろうと最早どうでもいいやという感じでテーブルを挟み椅子に腰掛けた。
そして一緒に土産のプリンを食べる。うまそうに2個目を食べる蛭子さんがあちこち指差してはボソボソ話すのだが正直最初は何を言ってるのか聞くほどにわからない。
むしろ、ボンヤリと黙り込みボケーっと沈黙するそんな時に言葉を超えて蛭子さんの意識の奥の更にその奥みたいなものを感じるのだ。
そりゃどんなものかと言うと……。
数万年か数億年か、とにかく人類が死に絶えた地球があり、誰も人間はいない。
しかし、誰もいない競艇場では無人のボートが延々とレースを続け、電光掲示板には勝ったボートの番号や配当などの数字が次々と表示されて客席には誰もいないが、しかしどこにもいない勝ったギャンブラーがまるでいるかのようだ。
その頃朽ち果てた全国の町だったところにある全ての雀荘では誰もいないのに卓では牌が動き、いないはずの誰かが勝ち、同じくいないはずの誰かが負けている。そして牌同様金だけが行ったり来たりする。パチンコ屋も同様に無人だが、玉はまわりギャンブルそのものが生き物のようにじゃらじゃら蠢いている。