411回 倉本聰と『昨日、悲別で』のこと
倉本聰氏の訃報がSNSのタイムラインに流れてきた。2026年9月18日に多臓器不全のために自宅で亡くなったという。91歳だった。
高齢だったとはいえ、今年の夏にも映像化されていない『北の国から2021ひとり』のシナリオの内容(黒板五郎の死を描き、東日本大震災や新型コロナ禍が背景に取り入れられている)や、現在進められているという黒板家が出てこないアニメ版『北の国から』について語るインタビューを読んでいたので、現役続行をしていくのだろうなと思っていたところへの突然の訃報だった。
倉本といえば多数の名作ドラマや映画の脚本を手掛けた人物であり、多くの人々に忘れがたい物語を届けていったどの作品が一番心に残っているかというと人によって違ってくるとは思う。
多くの人にとっては、それは『北の国から』ということになるだろう。
1981年から2002年まで続いた国民的ドラマといって過言ではない作品だ。黒板五郎一家が視聴者にとって最も気になる隣人のような存在であった時代はあったのだ。
2002年のスペシャル版で一応ドラマは終了しているものの、上記のインタビューで語られていたようにその後も倉本氏の中では黒板家の物語は続いていた。
1972年生まれの自分より一回り上の世代の人たちには『前略おふくろ様』の名をあげる人も多いかもしれない。
倉本聰原案によるこのドラマは、アウトローめいた役柄の多かった萩原健一に朴訥な好青年を演じさせることで俳優としての幅を広げ、梅宮辰夫をはじめとする東映のやくざ俳優を親しみのもてる下町の男たちとしてお茶の間に登場させたことで知られるドラマで、「前略おふくろ様」という有名なフレーズから始まる母親への手紙をショーケンが読み上げるナレーションは、筆者の子供時代も多くのコント番組でパロディにされているくらい浸透していた。
また主人公によるナレーションが入るスタイルが『北の国から』での純の語りにも踏襲されており、倉本聰味の重要な要素になっている。
色々な面で後のドラマに大きな影響を与えた作品である。
高倉健主演の映画『駅 STATION』(81)をあげる人もいるかもしれないし、特撮を使用しない一風変わったSF映画『ブルークリスマス』(78)をあげる人もいるだろう。主演の中嶋朋子に実際に9歳から14歳までフィギュアスケートを学ばせ、その様子を5年間かけて撮影したが、中嶋の技術が想定ほど向上しなかったため結末が変更されたという倉本初監督作品『時計 Adieu l’Hiver』(86)の名をわざわざ出してくる狙ってる人もいるかもしれない。
では、私にとってそれはどの作品だったかと問われるならば『昨日、悲別で』と答えるだろう。
再放送もめったにされず、ソフト化もされていないため内容を再確認することもままならないこの作品が未だに一番心に残っている倉本作品が『昨日、悲別で』なのである。
