269回 『あの子もトランスジェンダーになった』発売中止騒動を考える
2024年1月24日にKADOKAWAから発売される予定だった『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』(著・アビゲイル・シュライアー/監修・岩波明/訳・村山美雪、高橋知子、寺尾まち子)が発売中止になった。
未成年の性別違和問題に触れた本だが、海外では資料の取り扱いや聞き取り相手の選択に関する手法に問題があると指摘されたり(同書が大きく参考にしているリサ・リットマン氏の研究自体がサンプルの選択に関する問題を指摘されているのだが)、トランスヘイト本であるという否定的な評価もある本である。
発売告知後、日本語タイトルやキャッチコピーがトランスジェンダーに対する偏見や差別を煽るものであると問題視され、海外での否定的評価を踏まえた上で同書がトランス差別のヘイト本にあたるとしてX(旧Twitter)上で抗議活動が起こっていた。
インタビューや複数の否定派・擁護派双方によるレビューに目を通し、著者の考えなどはある程度把握しているつもりだが本文未読のため内容に触れることはしない。それについては語学堪能な他の人がやってくれることだろう。なのでこの原稿では、この本を巡る事象について考えたことを書いていこうと思う。
発売中止になったのは上記の抗議運動によるものと考える人は多いが、ジェンダー問題に関心がある層がSNS上で反応したり、国内外の出版関係者24名の賛同コメントが付与された「トランスジェンダー差別助長につながる書籍刊行に関しての意見書」が提出されてはいるものの、さほど広がりを見せていたわけでもない。ある種の固定的なメンバーによる、よくある程度の小規模なものだと思う。
取次や大手書店を巻き込むような抗議運動に発展したわけでもなく、メディアで大きく取り上げられたりもしていなく、国会で取り上げられて問題視されたわけでもない。発売の告知から間もなく中止が決まったため、続ければどこまで抗議運動広がったのかはわからないが、中止が告知された時点の抗議の盛り上がりは発売の中止を決めるほどのレベルとも思えない。無視しようとすれば無視できただろう。
ヘイト本と名指しされるような本も色々あったが、あのレベルの抗議運動で発売中止されたことがあるだろうか。大手出版社でもヘイト本だと名指しされるような本が出され、抗議されても普通に売られている。一般的に発売前に中止とかいうのは、法的な問題に抵触するようなことでもなければ、なかなかないことだろう。