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これが石丸伸二だ!:ロマン優光連載299

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市長時代、彼の人気・地名度をあげたのは、安芸高田市YouTube公式チャンネルが公開した記者会見や市議会一般質問の模様を記録した動画を素材に一般の人(安芸高田市と縁もゆかりもない収益目的の人々)によってつくられた石丸氏が市議会議員や地元マスコミを舌鋒鋭く「斬って」いく様子を伝える切り抜き動画だ。これらの切り抜き動画に対して石丸氏は動画の使用を許容し、意図的に自分のイメージアップに活用していたと思われる。

それらの動画によって、腐敗した老害議員やマスコミを痛快に論破する若き改革者として支持を集めたのだが、そこでの会話の流れを確認してみると印象は変わってくる。切り抜き動画を見ていると議会側・マスコミ側に一方的な問題があるように見えるが、実際に事象をしらべてみると、石丸氏が全て正しいわけではなく、彼のほうに問題があると思われることも当然存在する。すべての判断が正しい人間など存在しない。現在、石丸構文として揶揄されているようなスタイルが既に確認でき、論点をずらし続けたり、相手が言ってもないことをあげつらったり、不必要に相手を貶める、その内容も妥当性に乏しいと思われる様子が見受けられる。また、自身が勘違いしたと思われるようなことに関しても、譲らず、謝罪しない傾向がある。

主観で相手の善意と敵意を決める

今、SNS上に広がっている石丸氏の好感度が下がるような言動を伝える動画に対して、悪意ある切り抜きであるという批判がある。

私が思うのは、その多くは切り抜かれる前のもとの動画で確認しても問題あるとしか思えないものが多いということだ。文脈から切り離したためにひどく感じてしまっているのではなく、流れで見てもひどいと感じるものが多いのではないか。切り取られるもなにも、ああいう部分が存在していることが問題だと思う。

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石丸氏はパワハラ的と評される自分の言動をミラーリングであり善意には善意で敵意には敵意を返していると主張し、雑な質問にはそれ相応の対応をするとも言っている。

しかし、それを善意だとか敵意だとか雑だとか決めるのは石丸氏で、あくまで主観でしかない。その判断が絶対に正しいわけではない。

「老害」や「マスゴミ」を石丸氏があのような振る舞いでやっつけるのが痛快だと感じ彼を支持している人も、石丸氏の判断によって自分があのように扱うべき存在とされ、あのように応対されたらつらいだろうと思う。

悪い奴だからああいう扱いをしてもいいとかいう話ではない。相手がどのような人物であれ、あのようなフェアとはいえないやり方で相手を貶めて自分の優位性をアピールするようなやり方はやるべきではないと思う。しかも、政治に携わる人間が。対立や議論は必要なものだと思うが本筋からはずれた部分で相手の人格を踏みにじるようなやり方はどうかと思う。それは限度を超えていると私は思う。

色々な立場で色々な主張をする人間と関わり、色々な声に耳を傾けなけねばならないのが政治家の仕事だと思っているのだが、自分と意見が違う、自分に批判的だというだけで相手の尊厳を踏みにじるようなことをしていたら、相手の恨みを買うだけだし、まとまるものもまとまらなくなってしまうだけではないだろうか。

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