強引な結びつけの例としては、AKB48のお披露目に一般客が7人しかこなかったことを秋元康が誇らしげに語ったエピソードが、セックスピストルズがマンチェスターで初ライブにいた42人の客の中からジョイ・ディヴィジョンやバズコックス等の歴史に名を残すバンドが産まれたという有名なエピソードを思わすという47pの記述がある。まず、客に関するエピソード同士を結びつけるのではなく、秋元康がそれについて語ったというエピソードを結びつけるのが文章として破綻しているのは置いておこう。7人しかいなかった客の中から後に有名なアイドル運営になった人間や音楽プロデューサーが大量に産まれたという話なら、ピストルズのマンチェスター初公演を思わすのはわかるが、別にそういうわけではない。これら両者を結びつけるのは論理的な整合性に全く欠けており、牽強付会もはなはだしい。こういうたぐいの記述が多くていちいち上げているとキリがないので、最初の50pの中で特に気になったものだけに止めておく。
いろいろな怪しい箇所
また、著者の思い込みでしかないのではないかと思われる秋元康に関する記述が多いのも特徴だ。秋元康はビデオゲームから育成というヒントをえたのであろう、秋元康は月蝕歌劇団を見ていたのであろう、『ヴァージニティー』というタイトルはムーンライダーズからの引用であろう、須藤凛々花と会った時に運命を感じたであろう、といった論拠と言えるレベルの論拠も提示されない記述がひんぱんに現れる。こういったものが、何かを論考するのに極めて不適切なものなのは言うまでもない。願望を元にした妄想を根底に据えて、何かを批評するのは愚かしい行為だ。秋元康作詞による『サルトルで眠れない』を歌った早瀬優香子が持っていたインテリ少女のイメージを須藤凛々花に感じとり運命を感じたのは、秋元康ではなく著者自身に過ぎないのではないだろうか。
自分の妄想を振り撒きながら記述を進める一方で、本人独自の考察があまりなされていないのも特徴だ。AKBに関する考察に人文的な教養が必要とされるような部分に関しては、宇野常寛氏、田中秀臣氏、濱野智史氏といった人々の考察の引用で済ましてしまい、独自の見解が示されることがない。それに賛同しているのか、否定しているのかもわからないような曖昧な態度である。まえがきで著者が「これはニッポンの音楽業界の預言書である」(5pから引用)と大風呂敷を広げているわりには、この著作の多くは資料から読み取れる事実の提示(著作権ビジネスに関する部分などは、独自視点もあり、よくできているように感じる。)と著者の憶測、妄想、願望が書き記されているだけで、独自視点からの資料の読み取りはあっても、そこから踏み込んだ考察はほぼ見受けられない。預言というわりには先に向けた独自の提案がないのだ。
資料から読み取れる事実の提示と書いたが、資料から適切に事実を見いだしているか、ちゃんと資料を見ているか、それすら怪しい部分がある。特に驚いた箇所について触れてみたいと思う。
モーニング娘。は全盛期に『ASAYAN』を降板して以降、有料の運動会や握手会、バスツアーなどで糊口をしのぎながら、「テレビに出ないアイドル」として活動してきたと読み取れる内容の記述が218pにある。これがおかしなものであるのは多くの人が理解できるだろう。『ASAYAN』でモーニング娘。の密着ドキュメンタリーが放送されなくなり出番が減っていったのは4期メンバーオーディション以降であり、それが2000年4月。『ASAYAN』という番組が無くなるのが2002年3月。一方『ハロー! モーニング』が始まるのが2000年4月。『MUSIX』が始まるのも同年12月。『モー。たいへんでした』が2001年。『うたばん』にセミレギュラー化するのも2001年以降であり、長期に渡ってセミレギュラーポジションにあった。『ASAYAN 』降板(?)以降、テレビにでなくなったという事実はないし、2004年くらいまでは逆にテレビの露出度は上がっていったというのが客観的な事実だろう。その後、全盛期より露出は減っているもののモーニング娘。はテレビにで続けているグループであることは間違いない。
運動会で糊口をしのいだと言われても、あれが始まったのはテレビ露出の全盛期のころであり、顔見せ興行、ファン感謝祭的な要因が強いと考えるのが自然ではないだろうか。ツアーのたぐいも確かに高いが、それで糊口をしのぐような性質のものではない。接触イベントが増えたのは『ASAYAN』が終了して10年ぐらい経過してからではないだろうか。
客観的な事実の誤認。時間軸の混乱。なぜ、著者はこのようなあり得ないミスをしたのであろうか。アップフロント・エージェンシーがニューミュージック系の事務所・ヤングジャパンの系譜を継いでいること。フォーク、ニューミュージックのアーティストの多くがテレビの歌番組に出演せずに活動をしていたこと。AKB48はテレビに出ないアイドルとしてはじまったこと。ここから推理すると、かつて「テレビに出ないアーティスト」が多く所属していた事務所の系譜に属するアップフロントに所属しているモーニング娘。を初期AKB48のような 「テレビに出ないアイドル」の系譜に並べたいという願望が先走ってしまい、こういうことが起こってしまったのではないだろうか。