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自称歴史通たちに過大評価されている無能な武将

歴史
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豊臣秀吉の子飼いの家臣で、賤ヶ岳の七本槍の1人として名高い加藤清正。

朝鮮出兵でも小西行長と一番乗りを争うなど武将として勇名を轟かせていたが、関ヶ原の戦いの際には、石田三成憎しのため西軍ではなく、東軍側で参戦。江戸幕府が開かれた後も、二条城での家康と豊臣秀頼との会見を取り持つなどしていたが、50歳で脳卒中で亡くなっている。豊臣家と縁が深いために徳川方による暗殺説もあったが、生きていたところで江戸幕府を相手に豊臣家を守る力はなかっただろう。

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これまで取り上げてきたように、歴史通に評価されている戦国武将は、講談や小説、時代劇などの創作によって虚像を作られているだけで、粗野で小心、自分の出世のことしか考えない自分勝手な人ばかりだ。「立派な人物だったはず」とか、「仁義のある武士だった」などと勝手に妄想するのはマジで恥ずかしいので絶対にやめよう。

 

初出/実話BUNKAタブー2026年4月号

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