「パソコンを解析したところ、えらいもんが出てきたんですよ。要するに女性との不適切な交際についての証拠が多数出てしまった。その内容は県幹部に伝わり、さらに県議にも拡散していった。斎藤側は渡瀬氏に対し、『こういうもんが出てますけど、あかんですわ』と通達。いわば、脅しですよね。パソコンを解析されるとは思っていない渡瀬氏は思い悩むようになった。百条委員会理事会に対して弁護士を通じ、審議事項と無関係な個人情報を公表しないことやプライバシー権に対する最大限の配慮を求める申し入れを行うことが精一杯でした」
一方、その頃の斎藤は「お灸を据えた」と思っていたに違いない。だが、さらに事態が急変する。渡瀬氏は7月19日に予定されていた第3回委員会に出頭して証言する予定だったが、7月7日夜に姫路市内の生家で死亡していたことが判明したのだ。遺書には「一死をもって抗議する」という一文が書かれていた。
「渡瀬氏の自殺の直接の原因は、斎藤知事からの圧力によるものではなく、ある自身のプライバシーが暴かれることを恐れ、告発内容について百条委員会にて証言することを断ろうと考え、それに対して証言を促した自民党からの圧力に悩んだ末の自死であると見られているのです」(渡瀬氏の知人)
だが、この出来事により、斎藤は一気に窮地に立たされることになる。その後、県は斎藤のパワハラなどについてアンケートを実施する。
「20メートル歩かされただけで、大声で怒鳴っていた」
「更衣室が気に食わないと言って瞬間湯沸かし器のように怒っていた」
というパワハラ累計に合致する内容に加え、「カニ、牡蠣、革ジャン、ワインなどを業者におねだりしていた」という〝別件〟まで飛び出し、総バッシングの嵐に相成ったのだ。
騒動の源は元知事派との覇権争いか
「この事態に一番驚いていたのは、斎藤氏本人ではないか」
そう明かすのは、地元の県政担当記者である。