PR
PR

石丸さん、代表をやめる:ロマン優光連載355

連載
連載
PR
PR

「さすが石丸さん!」の激減

代表を退くことに関する記者会見の際、開始直前に相も変わらないマスメディア批判と記者に対する糾弾みたいなものが繰り広げられていたのだが、「さすが石丸さん!」的な称賛は大きく減っており、冷ややかな感想の方が目立つ。それとて賛否両論が渦巻いていた頃とは数が違う。

「代表を辞任へ/都議選と参院選で全敗」という朝日新聞の記事の見出しや日経新聞の記事での石丸氏の写真の選び方に印象を操作しようという意図があるのではないかという批判をしたり、特にこの件と関わりがないリベラルメディア批判をはじめたり、辞任ではなく退任であるという主張をしていたわけだが、わざわざ言う必要があるようなものとは思えない。

「再生の道」に関する出来事の記事なのだから「再生の道」に関して触れるのは当たり前であり、これが政治活動と直接関係のない石丸氏の裁判結果に触れて「裁判で敗訴」とか書いてあったらさすがにどうかと思うが、党に関してはそれぐらいしか特筆するものがないから仕方がないのではないか。

リベラルメディア批判をここでやる必要がないような内容だし、メディアの写真選びに特定のイメージをつけようという傾向があるのは確かだが、そこまでひどい写真とも思えず、細かすぎではないかと思う。それを言い出すと、石丸氏は複数の安芸高田市議に関してイメージを誘導するような発言を繰り返し、山根温子市議に至っては訴えられ裁判で負けてしまってるぐらいなのだから、そういうことをしていた人がそういうことを言ってもというのは正直思う。

辞任と退任に関しては、辞任は本人の意思で任期途中に辞めること、退任は任期満了やなどで職を終えることという違いがあり、石丸氏は以前に任期について発表していたから退任であり辞任は間違いだと主張していたわけだが、それはYouTubeチャンネル「ReHacQ―リハック」に出演した際の発言であり明確な期日を発表していたわけでもない。だいたい、党からの公式ステイトメントで発表されたものならともかく、知らなくても普通だろうと思う。

例えば、アイドルグループにおける卒業と脱退という言葉。前者は何かをやりとげて円満にグループをやめるというイメージ、後者には志半ばでの離脱や運営と対立しての離脱といったイメージの違いがあり、その違いにこだわるオタクも多いし、なんとなくわかる。それと比べると、党から公式に任期を発表していたわけでもなく、辞任だろうが退任だろうが特にイメージ上に差が出るとも思えないのに何でそこにこだわるのかと思う。世間的には本当にそこはどうでもいいのではないだろうか。

PR

タイトルとURLをコピーしました