同じことを蛭子さんも感じていたのであった。
香港を3日間フルに堪能して、帰路は無事に東京に着いた。
それにしても、テレビの人気者としてブレイク前夜の蛭子さんに、テレビの取材陣もほかのツアー客も「面白いですね」と笑うおかしなヒトに、当たり前だろうが、冷淡であったのだが。
が、それから1年か2年後に蛭子さん平口広美さん、マディ上原と私という顔ぶれで香港へまた行くのだが、その時は空港で「あっ蛭子さんだ!」と振り向かれ、指さされ、随分と声をかけられた。
ほんの数年ブレイクが早かったら、飛行機2度の引き返し騒動はワイドショーやスポーツ紙のいいネタになっただろうに。
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PROFILE:
根本敬(ねもと・たかし)
特殊漫画家、エッセイスト。1981年に、『月間漫画ガロ』で漫画家デビュー。代表作に、漫画では『生きる』『怪人無礼講ララバイ』『龜ノ頭のスープ』、活字本では『因果鉄道の旅』『人生解毒波止場』など。


