大喜利の新メンバーとして加入することが伏せられており、『笑点』放送開始50周年の生放送で電撃登場したことから、一部の視聴者から鳴り物入りで登場したようなイメージを持たれている三平だが、実状は違っている。
当時・司会を務めていた桂歌丸が勇退することが決まり、大喜利レギュラーであった春風亭昇太が次の司会に就任することが決まっていたが、生放送まで情報が伏せられていた。そのため、昇太の後任としてレギュラー入りする事実も伏せられていただけで三平が鳴り物入りで登場したわけではない。
ただ、以前からの親の七光りイメージでそのように思う人もいたのだろう。
テレビタレントとしてのいっ平時代の三平は特に人気があるわけではなく、つまらないのに親の七光りでテレビにでている奴という評価が大勢をしめていた。
クセが強い海老名家の面々
初代・三平の未亡人である海老名香葉子遺児である海老名家の兄弟の中では非常にキャラの薄い存在。
夫亡きあと、三平一門のゴッドマザーとして大きな存在感を示した香葉子、長姉・海老名美どりは強烈で奇妙な言動や夫・峰竜太に対する厳しい態度で知られる。
1991年にマスコミ数社に対して、「重大発表」を記者会見でおこなうと通達。離婚会見かと考えたマスコミが大量に集まったが、そこで発表されたのはミステリー『ビッグアップル殺人事件』で作家デビューするという、わざわざマスコミに通達して記者会見を開く必要がまったくないものだった。
この大きな肩透かしに集まったマスコミは怒りを隠しきれなかったという。この記者会見の話を未だに爆笑問題の太田光は擦り続けているわけだが、そんな人は太田ぐらいだろう。
次姉・泰葉も2007年に帝国ホテルで行われた春風亭小朝との離婚に関する金屏風の前の記者会見など物議をかもす言動が多い人物である一方で、音楽的才能に関しては評価が高く、代表曲『フライディ・チャイナタウン』は現在シティポップの名曲として世界的な評価を受けている。
