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沖縄基地移設問題はそもそも悪夢の民主党政権が元凶だった

社会
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 翁長県政は国と全面対立を続けましたが、就任から3年8カ月後の18年8月8日、翁長は膵臓がんのため67歳で急逝。同年7月には辺野古埋め立て承認の撤回を表明したばかりというタイミングでの訃報とあって、闘病の末の壮絶な最期は「オール沖縄」陣営にとって、ある意味で格好の物語になってしまったわけです。

 同年9月の知事選で翁長の遺志を継いだ玉城デニーが当選し、以後22年の再選も含め、2期8年にわたって県政を担うことになりました。

 しかし、物語の賞味期限は残念ながら永遠ではありません。8年もの歳月が流れれば、当時を知らない有権者もどんどん増えますし、県民所得や物価高、子育てといった生活課題への関心のほうが、基地一辺倒の政治よりも優先されるようになってくるものです。

 結果、今回の知事選では移設容認派の古謝玄太氏が過去最多となる42万3000票を獲得し、圧勝。投票率は61.57%と前回から3.65ポイントも上昇し、県民の関心の高さを物語っています。1972年の本土復帰以降に生まれた知事の誕生は、これが初めてなのだそうです。

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 ようやく国の安全保障政策としては落ち着くべきところに落ち着いたわけですが、振り返ってみれば、これは本来20年以上前にまとまっていた話にすぎません。今でも悪夢と揶揄されるだけあって、民主党政権というのは本当にろくなことをしてくれないものです。

 野中広務が命を削って積み上げてきた対話の土台を、たった一言の思いつきで吹き飛ばし、県民に不要な混乱と分断を押しつけた挙げ句、失われた歳月は実に十数年。地道な交渉の末に道筋をつけた野中氏も、18年にすでにこの世を去っておられますが、草葉の陰できっと涙していることでしょう。

 

文/編集部
写真/首相官邸ホームページより
初出/実話BUNKA超タブー2026年11月号

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