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米山隆一が問う女子枠は本当に必要か

社会
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将棋の西山朋佳女流四冠が白玲戦に勝利し、棋士編入の権利を獲得しました。これを賞賛する声がある一方で、「女子枠である」という批判も目にします。「女子枠」という言葉をめぐっては、大学入試などでも問題になっています。米山隆一前衆議院議員が、大学入試における「女子枠」の是非を論じました。

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女子枠は原則を歪める例外的措置

理工系大学で、定員の一部を女子のみに割り振る「女子枠」問題は、近年多くの方の注目を集めています。男性側からはなかなか言いづらい面もあるこの「女子枠」問題について、データと論理に基づいて、しかしもちろん私が男性であることを包み隠さず(笑)、可能な限り公平・中立に議論してみたいと思います。

まず大原則として、「女子枠」は、本来「その大学で専門知識を学ぶにふさわしい能力・適正を有するものを選抜する」ことを目的とする大学受験において、「女性の数を増やしたほうが社会的に良いことがあるから」という理由で、「能力順・適正順」という原則を歪める(と言って悪ければバイパスする)例外的措置だということは、議論のスタートとして確認すべきだと思います。

「受験は大学が生徒を選ぶ場なのだから、誰をどのように選ぶのも大学の自由」という主張も可能ではありますが、大学には公立であれ私立であれ、大学運営交付金を筆頭に多額の公的支援がなされています。大学で教育を受ける権利は、日本国民全員に平等に開かれているべきであり、それこそ、憲法14条の定めるところ、

「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

はずです。「男性」という性別によって、男子学生は「女子枠」の定員には受験を許されないのは、直球の差別と言っても過言ではないという原則論は、まずは確認されるべきです。

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割とこの大原則を忘れて「女子枠」は当然であるかのような議論をする方もおられるのですが、仮にこれが「女子枠」ではなく「男子枠」(実際に複数の医大で存在し、社会問題化した)だった場合、さらには性別ではなく例えば政治的な「政治家(の子供)枠」や経済的な「お金持ち(の子供)枠」だった場合、正当化されるのかどうかを考えれば、ご理解いただけるだろうと思います。

もちろん、だからと言って、何らかの属性による別異取り扱いの全てが否定されるわけではありません。もっとも分かりやすいのは、まさに先程上げた経済的理由による取り扱いで、「お金持ち(の子供)枠」なら多くの人が反対でしょうが、「経済的に恵まれない人(の子供)枠(貧困枠)」なら、「そういう枠があってもいいか」と納得する人も少なくないと思われます。

このように、社会的・経済的に不利な状況にある人を優遇する制度を「アファーマティブ・アクション」と言うのですが、大学受験の女子枠は、このアファーマティブ・アクションの一つとして①:不利な状況の内容とそれによる実際の悪影響(不利の程度)、②:不利な状況の解消手段としての合理性(手段の合理性)、③:①②の結果得られる社会的利益(是正による利益)が問われることになります。

貧困枠が設けられることは稀

さて、大学受験女子枠について考える前にまず、その対比として、先程「比較的多くの人が納得しやすいだろう」例として挙げた「貧困枠」について、①不利の程度②手段の合理性③是正による利益を考えてみましょう。

まず①不利の程度について考えてみた時、現代において貧困(親の年収が低いこと)以上に不利な条件はなかなかないというか、これこそが最大の不利条件であると思われます。中学受験向けに34泊35日、総額80万円の合宿が人気を集めているという報道がなされて話題を呼びましたが、今や受験業界は立派な情報産業・サービス業です。口にしづらいので、あまり言われはしませんが、お金をかければかけるほど有利になることは、明らかです。

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