そういう自分のルーツから、原爆や戦争の実態というものが知りたくて『はだしのゲン』を読みだした……という風な話になればキレイにまとまったイイ話になるのだろうけど、まったくもってそんなことはない。単に図書室にある学習漫画以外の漫画が『はだしのゲン』だけだったからである。学校内でどうどうと読んでもいい、しかもただで読める漫画があるのは小学生にとって魅力的なものである。
そして、『はだしのゲン』はめちゃくちゃ面白かったのである。いくら漫画だからといって、つまらなかったら普通は最後まで読んだりしないし、大人になってからも思い出しては他人と話したりするようなことになったりはしないのである。
「オバケ」「ピカの毒がうつる」
『はだしのゲン』の漫画としての魅力の一つに登場人物のキャラ立ちの強さがある。
主人公のゲン(中岡元)は熱く真っすぐな男だが、優等生というわけではなく、お調子者でユーモラスな一面を持つ昔のジャンプの主人公らしい魅力的な主人公だ。
ゲンと並ぶ主人公格である隆太は原爆で死んでしまったゲンの弟・進次に瓜二つの天涯孤独の戦争孤児。戦後の荒廃した広島市で同じ戦争孤児を集めた窃盗団・隆太軍団を率いて生きているが、逮捕されそうになったところをゲンに救われたことで、「あんちゃん」と慕うようになり、ゲンの母・君江とも深い交流を持つようになる。アウトローである隆太が物語を引っ張る役割を果たすことになる。
朴さんはゲンの家の中岡家の近所に住む優しい在日朝鮮人の青年だったが、原爆で重症をおった父親が差別からまともな治療を受けることができずに死んでしまったことから日本人を憎むようになる。闇市を仕切るグラサン姿のアウトローとして再登場した時はゲンもおどろいていたが、読者も同じくらいおどろいた。でも、ゲンたち中岡一家に向ける眼差しは昔の優しい朴さんのままで安心した。
政二さんは画家として将来を嘱望された学生だったが原爆で全身大火傷を負い、「オバケ」「ピカの毒がうつる」と家族や近隣の住人から疎まれるようになり荒れていたが、ゲンや隆太と知り合ったことで絵への情熱を取り戻す。しかし、病状は悪化、壮絶な狂死を遂げる。
そういった主人公サイドの登場人物だけでなく、悪役も充実している。マイトの竜造といったやくざもそうだが、忘れられないのは鮫島伝次郎だ。