藤田先生はスロースターターで、物語が加速し、登場人物が走り出すまでに時間のかかる作家だった。『うしおととら』『からくりサーカス』『月光条例』、どれもそういった特徴が出ている作品である。主人公たちの魅力を伝えるために丁寧にキャラを掘り下げていくからだと思うが、序盤にタルさを感じる人が多いのも事実だと思う。連載時、大傑作『うしおととら』の経験から、『からくりサーカス』の序盤のタルさも「絶対にどんどん加速して面白くなるぞ!」と信じて付き合っていたが『うしおととら』以上に物語が加速するまでが長い。
鳴海兄ちゃんの一時退場までの展開など、今の漫画の傾向ではありえない長さだ。例えば『鬼滅の刃』の吾峠呼世晴先生(藤田先生の影響が強く感じられる作家である)だったら1巻にも満たない話数で印象深く表現しそうである。ちなみに藤田先生の最新長編少年漫画『双亡亭壊すべし』は『鬼滅の刃』に触発されてライバル心をかきたてられた先生がスロースターターぶりを返上し、冒頭からMAXのスピードで読者に全てを叩きつけてくる傑作であり、新境地である。
『からくりサーカス』ではメインのストーリーを描くためには必ずしも必要ないのではないかという挿話が多い。勝ちゃんハーレム編をはじめ、物語をテンポ良く進めていくためには必要のないエピソードが度々見受けられる。アプ・チャーさんの話も非常に完成度の高い良い話で独立した短編でもいけるぐらいの話(大長編の多い藤田先生であるが驚くべきことに短編・中編の名手でもある)だと思うけど、なくても物語は成立するといえばするのである。また、そういったエピソードが増えるせいで登場人物がやたらと増えていく。
退場しても差し支えのないキャラがいっこうに退場しないという特徴もある。これも物語がなかなか進まない原因の一つだ。ジョージにしろ、アルレッキーノにしろ、パンタローネにしろ、コロンビーヌにしろ、当初の役割を果たしたことで退場しても差し支えないのに退場しない。ミンシアしかり。その最たる例が三牛親子であり、コミカルで意地悪なちょい役として即退場しても差し支えないであろう彼らが終盤まで登場し続けるのである。