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フジロックのHi-STANDARDの発言から生まれた「メロコア」論争で思ったこと:ロマン優光連載403

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403回 フジロックのHi-STANDARDの発言から生まれた「メロコア」論争で思ったこと

Hi-STANDARDのフジロックでのMCについてか訃報が多いのでその中の一人でも」という内容の編集氏からのメールが来た。

しかし、ハイスタのMCの話はすでに語りつくされているような気がする。

最近の訃報の中に含まれていた、個人的に一時期密接に交流があった人、個人的に大きな影響を受け尊敬もしていて薄いながらも直接面識がある人に関しては気持ちの整理がついてなくて今書きようがない。そうかといってさして興味がない芸能人の面白エピソードを並べてお茶を濁す気にもなれないし、だいたいそういうのは失礼だと思うのである。

編集氏の要望にできるだけ答えつつ、自分のできることを考えたのだが、ハイスタの件にともなってSNS上で起こっていたメロコアについての論争めいたものについて思ったことを書くのが最適のような気がする。

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ハイスタのМCの件については、集英社オンラインで配信されている『〈フジロックで「ニッポン」大合唱〉Hi-STANDARD「右だ左だと言ってる場合じゃない」発言が物議パンクが持つ政治性【ハイスタ論争】』というおぐらりゅうじ氏による記事が最もわかりやすく事実と問題点を指摘している記事だ。ハードコアやパンクについての記述については不足があるとは思うが、あの媒体で発表されるあの長さの原稿の中の本題とはズレた部分についての過不足を指摘するのは必要ないことだと思う。

他人の記事を紹介して個人的な見解を述べないのは何なので一応いくつか述べておく。

あのМCは民衆が手を取り合うことの必要性を訴えつつも現在の国内外の社会的な情勢に踏み込まず具体性に欠けているし、「右だ左だと言ってる場合じゃない」という発言も国内のレイシズム・排外主義の問題を無視して左右で手を取り合うようなことを言うのはどうかと指摘があるのは仕方がないことだとは思う。

素朴でぼんやりとしてはいるが、これまでの活動とかを踏まえて考えてみても差別を黙認しているとか権力に追随とかいうことではないとは思う。

体制は支持しないが日本という国は好き、分断はよくない、民衆同士がいがみあうのではなく権力に向かうべき、戦争反対というようなことを伝えたかったと思うし、それが整理されないままぼんやりとした言葉になったのではないかとは想像はできる。

ライブのМCというのはその場で思いついたことを喋る場合が多く、ハイスタの場合は典型的な例だと思うのだけど、歌ったり演奏しようとしている興奮状態の中で理路整然とした気の利いた言葉などあまり出てこないものである。事前に原稿を作ってきて読み上げたり、普段からそのことについて深く考察を続けてきてない限り、雑な言葉しか出てこないものだ。事前に準備された声明や長時間かけたインタビューでの発言ではなく、МCでの発言でその人の考えの深いとこまでわかることなど、あまりないだろう。

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