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吉田豪インタビュー:電撃ネットワーク・ギュウゾウ&ダンナ小柳 故・南部虎弾伝説を語る

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ギュウゾウ わかってる。これも聞いたんだけど、南部さんは4年で突然やめるんだよ。何が言いたいかって話なんだけど、高崎経済大学って左翼がすごい強くてね、『圧殺の森 高崎経済大学闘争の記録』っていう60年代末のドキュメンタリーがあるのね。これは高崎経済大学の学園紛争がすごくて人が死んじゃう、みたいな。そのときの人たちなのよ。

――その時代の体育会系だったんですね。

ギュウゾウ 左翼が強い学校って応援団、空手道部がめっちゃ強くなるんですよ。ちょっと調べたら恐ろしい話が出てくるの。その『圧殺の森』のときは「10年にわたる不正入学、市当局の学校運営への度重なる介入。学生自治に対し、体育会系の学生をけしかけて一般学生を暴力で脅すなど露骨な弾圧」っていうようなときの空手道部にいたわけ。これはそんじょそこらの空手部じゃないのよ。

――荒れてる時期に拳で制圧していた側。

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小柳 一切話さないもんね、その時期のことは。「中退だから」で終わらせちゃうの。

ギュウゾウ ポロッと「同期のヤツが警察官になった」とか「同期のヤツが機動隊で」っていうのは、やっぱいろんな思いがあったんだと思うのね。当時の左翼学生ってとんでもない暴力だったから、ホントに殺されちゃうかもしれない。その時代の空手道部のレギュラーよ。準優勝するぐらいの空手道部っていったら、そりゃすさまじい。南部さんの拳ダコも、とんでもないんですよ。南部さんの薬指、小指まで拳ダコがあったっていうのは。

小柳 大学4年次になんかあったんだよ。で、急に中退してフランス行くの。だから思い出したくないし言いたくないから空手部や高経の話を一切出さない。4年のときに誰も知らない事件があったんじゃないですかね。なんなら人を殺してるかもしれない。

ギュウゾウ かもしれない、『圧殺の森』の学校だもん。何があってもおかしくない。俺がへなちょこ空手やってるからさ、『圧殺の森』の話は南部さんからチョコッと聞いた。実は放浪の旅じゃなくて国外逃亡だったら?

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――この前、中村ゆうじさんも南部さんの暴れっぷりの話はいっぱいしてくれましたね。井の頭公園で若いのを南部さんがボコボコにしちゃった話とか電車で痴漢見つけてボコボコにしちゃった話とか聞きましたよ。

小柳 ゆうじさんも古いですからね、南部ちゃんとはテアトルエコーの頃からずっと。

小柳 一時期、自分で格闘技団体みたいなのを立ち上げてやってましたね。そこに1回出されたことがあって。エスパー伊東vs清水健太郎を後楽園ホールでやるって言ってたのが、健太郎さんがドタキャンして相手がいないってことで、「ダンナくん、リング上がってくれる?」って急に言われて(笑)。

ギュウゾウ そしたら小柳くん、エスパーさんノックアウトしちゃって。体格がね。

――違いすぎますよ!

小柳 南部ちゃん、格闘技チームも作って。

ギュウゾウ そこから篠原光が世界チャンピオンになって。南部さんは顔が広かったから、ああいう団体ってスポンサー集めてあげるのも大事な仕事だから。やってたよね。

小柳 エスパーとシミケンさんの試合もスポンサーから賞金100万円集めて、ひとつの企業が10万ずつ、社長さん10人集めて。それでシミケンさんドタキャンしたから、「ダンナくん、エスパーに勝てば100万円だよ!」って言うから、「じゃあ出るよ!」って出たんですよ。そしたら南部さんがスポンサーを「何々会社、何々社長」ってひとりずつ10人リングに呼び込まなきゃいけないのに、緊張して6人しか呼ばないんですよ。勝ってワーッと見たら60万しか入ってなかった。4人の社長がのし持ったままリング下で名前呼ばれるのずっと待ってるのに、緊張のあまり最後まで呼ばなかったの(笑)。

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