第13回 野獣先輩
この連載が始まって以来、最大の知名度を誇る人物を取り上げようと思う。
野獣先輩だ。
誰ですかそれは? という方は、今すぐにこの頁を閉じ書を捨て街に出て心地よい春風を頬に感じてください。人生に無駄な知識はなるべく少ないほうがいい。
聞いたことはあるけどなんだっけ? という人に説明すると、2001年に発売された『真夏の夜の淫夢』というゲイビデオ作品のパート4に出演した人物に、ネット上で名付けられたキャラクターである。
そもそもこの作品は、翌年のドラフト会議の目玉だった六大学某野球選手がパート1に出演していたということで発売から1年後、ネットを介して瞬く間に有名になったものである。私も当時ゲイビデオ会社で働いていたので知っていた。特にヒットしたわけでもない、地味な作品だった。それが結果的にインターネット最大のネットミーム・ネットスラングになったのである。
そのミームやスラングをいちいち繰り返すことはしないが、00年代ではその某野球選手に言及したものが多かった記憶がある。20年以上という長い年月がかかったが、今ではちゃんと風化して、人生を狂わされた――メジャー挑戦にあたって「僕はゲイではありません」とはっきり宣言せざるを得なかったことを含めて――彼が穏やかに暮らせているなら何よりだと思う。
これに反して10年代あたりからニコニコ動画を中心に知名度が増し今では人気爆発なのが野獣先輩。当時のネット由来のコンテンツはほぼすべて廃れた中、野獣先輩のみが四半世紀近く過ぎてなお、勝手に作られたオリジナルソングがYouTubeでヒットし勝手に作られたダンスがTikTokでブームになるという、現在進行形で存在感が増している恐ろしいコンテンツになっているのである。元ゲイビデオ制作者に言わせると、地味な作品のパート4というと完全に埋め合わせの捨て尺だ。そんな誰にとってもどうでもいいパートに出演した結果、世界最大級のネットミームになってしまったのである。シンデレラストーリーにもほどがある。いや、ただのもらい事故にもほどがある。