「前回の北京大会まで黒人選手の割合が全体の2%を超えたことはありません。今回の大会でも全参加選手3000人程度のうち、黒人選手は40~60人程度と予測されており、これは全体のわずか1~2%程度。アメリカやヨーロッパ諸国のように、国内に多くのアフリカ系住民や移民を抱える国でさえ、冬季競技の代表選手となると途端に白人比率が跳ね上がります。もはや冬季五輪は白人のための大会と言っても過言ではありません」(前出・スポーツジャーナリスト)
黒人選手が極端に少ないのは、言うまでもなく彼らの身体能力が劣っているからではない。彼らが置かれた経済的状況が、この「課金スポーツ」への参戦を許さないからだ。冬季五輪の排他性は、地域差よりも経済格差の問題だ。リンクを冷やし、雪を固め、高価な道具を買い揃えるという「経済的障壁」が、事実上の人種隔離として機能しているのだ。
冬季種目は経済格差の展示会
経済力による格差がある事情は日本国内でも変わらない。たとえば冬季五輪で最も人気の高いフィギュアスケートなどは一目瞭然だ。いわゆる競技者としてのフィギュア人口を10代までのジュニア・ノービス層で見ると、実は北海道や東北のような寒冷地域より、首都圏や愛知(名古屋周辺)、京都などのほうが、競技人口も層の厚さも圧倒的に上になっている。これはフィギュアスケートが自然の雪や氷ではなく、多額の維持費がかかる通年型リンクと、レッスン代や衣装、遠征費などを払える富裕層に依存するスポーツであるためだ。
「フィギュアは経済的に選ばれたごく一部の人間たちだけで争っているようなもの。純粋なアスリートとして見れば微妙なレベルでも勝負になるんです。その意味では羽生結弦や浅田真央のようなスターにしても、もし他の競技をやっていたら、あそこまで圧倒的な存在ではなかったでしょうね」(前出・スポーツジャーナリスト)
フィギュアは10代になってから始めても、トップ層まで行くことはほぼ不可能だと言われている。しかも最低でも年間数百万円、トップ層になれば1000万円ともいわれる育成費用を10年近く投入し続けなければならず、それでも五輪に出られる保証はどこにもない。そのため北海道ではスピードスケートやアイスホッケーに流れる子供が多く、どうしても続けたい子供は首都圏へ国内留学するのだという。
そのアイスホッケーにしても、子供1人に防具一式を揃えるだけで十数万円。成長に合わせて買い替えながらリンク代を払い、遠征費を捻出するとなれば、中産階級以上の家庭でなければ、子供にスティックを握らせることすらできない。スラムの公園でボール1つあれば始められるサッカーとは、競技の出発点からして違うのだ。
競技の入り口だけでなく、トップ層での戦いにも経済格差が表れる。たとえば冬季五輪の花形種目・アルペンスキーも、実力をつけるには移動距離が物を言う。トップ選手は雪を追いかけて一年中世界を飛び回り、夏場には南半球のニュージーランドやチリへ遠征して練習を行う。自家用機を乗り回す富裕層のような生活に耐える資金力がなければ、年間ランキングに名を連ねることは不可能だ。
スキージャンプの場合は、飛距離を伸ばすために莫大なカネがかかる。スーツの空気透過率を有利にする新素材やスキー板に塗る特注ワックスを開発し、そこに専門の技術チームを張り付かせ、気象条件をデータ分析できる国だけがメダルを独占する。
