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冬季五輪という富裕層による富裕層のための醜悪イベント

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「五輪関連施設の建設工事の入札や物流、警備など、巨額の公金が動く場所には、イタリア最強の犯罪組織『ンドランゲタ』などが触手を伸ばし、利権を吸い上げていると言われています。五輪憲章が掲げる『クリーンな精神』など誰も信じていませんよ」(前出・スポーツジャーナリスト)

五輪にまつわる疑惑は日本人にとっても他人事ではない。大会直前の1月下旬には、2021年東京五輪での汚職事件をめぐる判決が下っている。出版大手・KADOKAWAの前会長・角川歴彦らが組織委員会元理事への贈賄罪に問われた裁判だが、選手が汗を流し、国民が「感動をありがとう」などと脳天気に叫んでいた裏側で、電通やKADOKAWAなどネクタイを締めた一部の既得権益層が利権をむさぼっていたという構図が浮き彫りになったわけだ。

毎回のように高騰し続け、今や1000億円規模という天文学的数字に達した放映権料も問題化しており、最終的な負担は視聴者に押し付けられることになる。かつてはNHKや民放がタダで見せてくれていたが、そのテレビ局も青色吐息。放送枠は大幅に削られ、視聴者は見たくもない広告だらけのネット配信サイトを渡り歩くことになる。

ただ、今大会を取り巻く凄まじい「白け」の正体は、こうした個別の不祥事や不手際だけにあるわけではない。国民はもっと根源的な欠陥に気づき始めている。それは、五輪というイベントが、もはや「人類の融和」や「世界一を決めるスポーツ大会」などではなく、一部の金持ち国家と金持ち選手だけが参加を許された「道楽イベント」に成り下がり、その裏で莫大な利権を得ている人間がいるという事実だ。

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黒人選手が極端に少ない理由

国や企業が金をかけて設備を整え、裕福な家庭の子供を、金に物を言わせた最新テクノロジーで武装させて競わせる。そこには身体能力の極限に挑むような「純粋スポーツ」の姿はない。あるのは、各国のGDPと大企業に裏打ちされた「経済力とテクノロジーの発表会」である。

そして、とりわけこの欺瞞が浮き彫りになるのが「冬季五輪」というイベントなのだ。この「冬季五輪」という看板が噴飯もののペテンであることは夏季五輪と比べれば一目瞭然だ。2024年の夏季パリオリンピックには206の国と地域が参加した。では、翻って冬季はどうか。今回のミラノ・コルティナ大会に参加するのはおよそ90カ国。夏季の半分にも満たない。雪が降り、かつ、国民が氷雪の上で遊ぶ余裕のある北半球の一部の国家による内輪の祭り。これが冬季五輪の実態なのだ。

「オリンピックは『人類の祭典』と呼ばれますが、冬季五輪に限って言えばそうではありません。これは単純に『雪が降らない地域の国だから』という問題だけではなく、たとえ雪が降っても、スキー施設やスケートリンクを作る予算がなければ選手は育たない。そんな国の人間にとって、冬季五輪は身近なスポーツではなく、遠い国の裕福な人々が雪山で遊ぶのを眺めるだけのイベントなんですよ」(前出・スポーツジャーナリスト)

夏季五輪には、陸上の100メートル走のようにスパイク一足あればスラム出身の若者でもスタートラインに立てる「公平性」が存在する。たとえそれが建前だとしても、だ。しかし冬季五輪にはそんな建前すら入り込む余地はない。ウィンタースポーツの大半は、施設の維持にも、道具の購入にも、一介の労働者家庭では到底、払えないレベルのコストがかかる。たとえ雪や氷がある地域にいたとしても、競技を続けることすら困難な中でオリンピックのメダルを競うようなトップ層に上り詰めることはほぼ不可能だろう。

冬季五輪というイベントは、世界の富の偏在を世界に見せつけるショーケースなのだ。そして、これを最も象徴しているのが黒人選手の割合だ。

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