〈今回の問題は運営の問題であり、朝倉未来ではない。責任はすべて自分にある〉
これに対し、イベント関係者は「自己陶酔型の詭弁だ」と切って捨てる。
「投稿の後半に記された『だから批判は全部受ける。そこから逃げる気はない』という一文は、聞き慣れた決まり文句で、まるで免罪符のように聞こえる。これほど気持ち悪い言葉はなく、まるで詐欺師の常套句ですよ」
〝素人の見世物小屋〟を無理くり〝格闘エンタメ〟として昇華させてきた運営の在り方、そのリスク管理の甘さこそが問題なのではないか。そうした疑問に正面から答えていないという指摘も少なくないのだ。コロナ禍初期の2021年、日本中を覆う閉塞感の中で異様な存在感を放ちながら誕生した同興行は、いかにして巨大化したのか。その成り立ちを振り返ると、そこには格闘技文化とは別物の歪みきった成功モデルが浮かび上がるのだ。
「事前に動画で公開されるオーディションでは暴言と威嚇が歓迎され、殴り合う前から再生数が稼げるコンテンツが完成した。強さより〝バズり力〟が評価される世界に、格闘技としての品位は最初からかけらも存在していなかったし、それは今もそうでしょう」(同前)
端から技術や競技性を競い合う格闘技という枠ではなく、「ケンカ」「因縁」「不良」「反社」「負け組の逆転劇」を前面に押し出して拡散された茶番劇なのだ。過去には大会での負傷事故や危険行為も繰り返され、出場者の逮捕も日常茶飯事。にもかかわらず、運営はそのたびに「自己責任」として処理し、そのシステム自体を見直す姿勢は乏しかった。これに対し、プロ格闘家や関係者からは「競技への冒涜」「人の身体を使った炎上コンテンツ」といった批判が相次いできたが、出場者や一部の熱狂的支持者の前では、それらの声もかき消されてきたのだ。
