寄せ集めで作ったあののキャラ
最初はちょっと面白い気がするんだけど、すぐにそれが計算ずくの作り物のキャラクターであることが視聴者にモロバレになってしまう、キャラ作り女性タレント。
芸能界の激しい生存競争を生き抜くためにといえば聞こえはいいが、要するに簡単に売れるために視聴者を騙して騙して騙して無理くり作り上げたキャラクターなのだから、すぐにその下心を見破られるのがオチなのだ。
テレビをつけると、今もそんなタレントがたくさん。 味わいの薄いタレントばかりを生産し、視聴者に消費させるのがテレビというメディアのルーティンとなっているのだから、人々のテレビ離れは進むばかりなのである。
それにしても多すぎる。現在のバラエティ番組の中心人物たちは、そのほとんどがこうしたキャラものタレントではないか! その最前線に君臨し、テレビ界の、そして現代日本の空虚を象徴しているのが、あのちゃんだ。
舌足らずなゆったりとした話し方と、目上の相手にもタメ口で話したり、一人称が「ぼく」であったり。偏食家でお菓子やもやしを食べて生活していたり、パジャマ好きでパジャマで外出したり。それでいて、自分の意見をしっかり言ったり、毒舌だったり。
また、ソロアーティスとしてシリアスだったりキャッチーだったり、ときにデスボイスまで駆使したり。そんな自由なスタイルがかわいいと評価され、引っ張りだこになっている。それ本当ですか?
良識ある大人の目には、公共の電波で恥ずかしげもなく幼児退行を演じている、20歳(年齢は非公表だけどね)を過ぎたいい大人に見えていますよ。正直、彼女が画面に映るたびに流れる、あの独特の停滞した空気、どうにかならないものか。「あ……、ぼくは……」 とたっぷりと間を空け、他の出演者の何倍もの尺を取るわりに、そこまでクリティカルなことを言うわけでもない。
歌詞にしても「死にたい」「消えたい」「ぼくはぼくだ」といった、中学生がノートの隅に書き殴るような使い古されたワードのオンパレード。アーティストだというならば、「死にたい」「消えたい」なんて言うのではなく、そういう思いや経験を、いかに違う言葉や表現を使って聴く者の心に届かせるかにこそ命をかけるべきでしょうに。
一番鼻につくのは、彼女の「ぼく」呼びだ。本人曰く、「特に理由はない」そうだが、すでに成人し男の味も知っている女性が自分のことを「ぼく」と呼ぶ。この、かまってちゃん全開の態度は、「クラスで一番目立ちたい中二病の女子」と変わらない。
