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ドラえもんの月刊コロコロコミックでの掲載終了に編集部の無礼疑惑:ロマン優光連載396

連載
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「さよならドラえもん」

藤子スタジオ出身で藤本先生のアシスタントを務めていた『まいっちんぐマチコ先生』で知られるえびはら武司先生。

えびはら先生の『藤子スタジオアシスタント日記 まいっちんぐマンガ道』は藤子スタジオ時代の日々を藤子不二雄の2人・藤本先生と藤子不二雄Aこと安孫子素雄先生との想い出を中心に描いた作品だが、しょっぱなに『ドラえもん』連載当初の小学館の編集者の藤本先生に対するどうかと思えるエピソードが。

1970年に学年誌(6誌で連載)で始まった当初はさほど人気がなく、それに藤本先生は悩んでいたという。

学年誌では4月号の話が始まり、翌年の3月号に終了する連載形式のため、その都度最終回があるのだが、藤本先生が人気の低迷に悩み、それまでと違う重みを感じさせる最終回を書く。それが名エピソードとして後に知られることになる「さよならドラえもん」である。

その後、1974年に全6巻までという話で単行本化されることになり、全6巻というパッケージを想定して、これまでの原稿の中から収録作を選び最終回には「さよならドラえもん」を収録するという構想で単行本化の作業が進められる。

1巻が発売されると当初の予想を裏切り大ヒット。「いや~ 6巻までで勘弁してくださいよ 売れなくても6巻まではだしますんで・・・()」というようなことを言っていた編集者だが、この売れ行きに6巻以降も存続を希望するようになり、「さよならドラえもん」の収録に難色を示すようになるが、藤本先生は頑として受けつけない。

そうするとどうなったか?

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最近掲載されたばかりの「さよならドラえもん」の原稿が紛失したという理由で返却されなかったのだ。このままでは6巻に「さよならドラえもん」に収録することが不可能に!

しかし、藤本先生は怒りをあらわにすることもなく、「さよならドラえもん」を書き直し、それが無事収録されたのである。

どう考えても怪しい。えびはら先生もそう思っていたし、自分をはじめ読者もそう思うだろう。どう考えたって編集者が、小学館が怪しいのである。

そして、藤本先生に対する聖人幻想がさらに高まるそういうエピソードだった。

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