実際2018年に行われた内閣府「多様な選択を可能にする学びに関する調査」でも、「自分の性別を理由にあきらめた」を選んだ女性は2.8%に過ぎず、男性の4.3%を下回っています。また、内閣府「女子生徒等の理工系分野への進路選択における地域性についての調査研究」(21年度)で、全国の女子高校生に進路選択の理由を尋ねたところ「興味・関心がある」が67.5%を占め、「女性に向いているから」は7.1%に過ぎません。日本の女子学生の理工系への進学率が低いのは、女性であることが理工系への進学の直接的な障害になっているというより、無意識のうちに本人が理工系を希望しない、いわゆる「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏り)」によるものが大きいと思われます。
そうすると、「女子であることで理工系の進学に不利になる影響(不利の程度)」は、実のところそれほど大きくなく、存在するのは「女子であることで理工系の進学を希望しなくなる影響」だ、というのが実態だろうと思われます。
そこで次に、①を解決する手段として、②「女子枠」を創ることの合理性(手段の合理性)を考えてみましょう。まず、女性であること自体による受験における有利不利は基本存在しません(男女同じように採点されています)。存在するのは、上述の通り、男女による理工系希望の差です。では女子枠を設けたら、この「理工系希望の差」は解消するでしょうか?
私見になりますが、人間の好みというのはおおむね中学生、遅くても高校生くらいまでには形成され、大学受験で自分が合格しやすい女子枠があったからといって、それまで理工系にそれほど興味がなかったのに、にわかに興味を持ち出す女子学生は稀だと思います。結局のところ女子枠は、元より理工系に興味はあったけれど合格水準には達していなかった女子学生を入学させるか、それほど理工系に興味はないけれど「合格するところ」として理工系を選ぶ女子学生を入学させることになると思われます。
もちろん、18歳どころか何歳になっても自分に向いている進路を選択するのは難しく、大学受験における学部の選択も、女子枠に限らず「合格するところ」を選ぶ人がそれ相応に存在するだろうことは、全く否定しません。また、「合格したからそれほど興味がなかった学部に進学したが、勉強したら好きになった」という人も、それ相応に生まれるだろうと思います。
しかしそうであるなら、そもそも、小学校、中学校、高校の教育の段階で、男女の別なく理工系に興味を持ってもらえるような(さらに言うなら、文科系にも興味を持ってもらえるような)教育をすることのほうがはるかに本道で、「理工系を希望する女子学生の割合が少ない」ことを是正する措置として、大学受験に「女子枠」を設けるという手段の合理性は、決して高くないと言わざるを得ません。
さらに言うなら、前述の「女子生徒等の理工系分野への進路選択における地域性についての調査研究」で理工系への志望動機を聞くと、1.興味・関心がある:67.5%、2.資格や免許が取れる:26.4%、3.将来像が明確:23.0%、4.専門性が高い:21.7%、5.就職・転職に有利:20.3%、などなどが続きます。そこに「女性のロールモデル」があっても良いでしょうが、それ以上に重要なのは男女共通しての職場としての魅力であるように思われます。その良い例が医学部で、女子枠がない(女子医大を除いて)どころか男子優遇措置まであったのに、女子学生比率は概ね40%と、理工系の2倍になっています。
合理性に乏しい理工系女子枠
最後に③の「是正による利益」ですが、理工系学部に女子枠を設定することで、その学部の女子学生比率、ひいてはその大学の女子学生比率が増えることは論を待ちません(ある意味、当り前です)。その比率の向上それ自体を利益とするなら別ですが、そうでないなら、問題はむしろ「女子学生比率が上がることによって社会的に何が得られるのか?」だと思います。
