59本目・『青春の甘き香り』その九
ひとつの恋愛がはじまるとき、ひとつの恋愛が終わる、と前回書いたが終わらないときもある。
俗に言うふたまた以上の場合だ。が、交際相手から見れば許されないことなのでこの場合はなにもかもが終わることもある。
村野武範の場合は結城しのぶを好きになってからは杉本美樹と距離を置いた。そして別れた。いや、別れようとした。だが杉本美樹が別れようとしなかった。
そもそも杉本美樹は執着する気はなかった。
交際していたとも言えないぐらいだ。結婚する意志は互いになかった。村野武範は演劇に賭けていた。恋愛や結婚よりも演劇を選んでいたと言える。
だが結城しのぶの登場が村野武範を変えた。
生まれて初めて、真実の恋愛だった。
恋愛を意識した。
結婚を意識した。
それで杉本美樹との関係は清算しようとした。
ここでの村野武範は堂々としていた。どんなお詫びもする。申し訳ない。どんなつぐないでもする。だが杉本美樹はそれがかえって悔しかった。
というような物語である。
