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蛭子さんの名物編集者・手塚能理子②:根本敬の「蛭子能収タブーなし!但し『ぼぼ』は禁句」連載20

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第20回:蛭子さんの名物編集者・手塚能理子②

蛭子さんに最も近く、担当編集という垣根をこえて公私関係なく長年親しくしていて、代表作の多くを担当した手塚能理子さんががんで亡くなったことは前回で書きました。
手塚さんは蛭子さんの7歳程年下だが、自身が闘病中でありながら認知症が進行する蛭子さんを本当に心底から本当の本当に心配していた。
手塚さんは蛭子さんだけでなくその一族のことまでも本当に本当に気にかけて本気で心配していた。まず看病する奥さんのことを、蛭子さんの娘さん息子さんのこともいつも心配していた。
蛭子さんの闘病(というのかな、認知症の場合? でも、とにかく闘病)、そしてもしも亡くなってしまうようなことがあったら…。残された奥さん、そして娘さん、息子さん、娘さんの家族、息子さんの家族までとにかくいつも心配して気にかけていた。
手塚さん当人ががんと闘病して入退院を繰り返しているというのに蛭子さんはじめ蛭子さんの奥さん蛭子さんの娘さん蛭子さんの息子さんのことをとにかくずっと心配していた。
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話は20年程前かな?
蛭子さんが新しい奥さんを探していたころになるのか…。蛭子さんとアックス編集部の高市さん(現編集長)と私が蛭子さんと何だったかの打ち合わせで港区のどこだったかで会うという時。
手塚さんは元々痩せ型だったが、当時日本酒に目覚め太っていた(蛭子さんはぽっちゃりした女性が好み)。待ち合わせの店に向かう私と高市さんにこう言った。
「蛭子さんに言っといて。そんなに新しい結婚相手がいるんなら私がしてもいいよ。セックスはしなくていいから。会社にお金入れてくれたらご飯はつくるから」
もちろん戯れにだが。
それを蛭子さんに伝えたら珍しくテレていたのがおかしかった。オマケに別れ際珍しく「手塚さんによろしく言っといて」ときた。
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