ウエンツは鞄からL●Dのシートを取り出してテーブルの上に置いた。葉書くらいの大きさのシートには『コブラ』のアーマロイド・レディが横たわっている絵が印刷されていた。よく見ようと身を乗り出した時、うっかりコーラの瓶を倒してしまった。L●Dシートの端に少し飛沫がかかった。弁償を要求されるかと思ったが、ウエンツはノープロブレムと言って許してくれた。なんて良い奴なんだ…と思った次の瞬間、ウエンツは驚くべき行動に出た。飛沫がかかった部分をちぎって口の中に放り込んだ。L●Dは1センチ角くらいの1枚が通常の1回分で、シートには切り取りやすいようにミシン目状の切り込みが入っている。ウエンツが口に入れたのは4枚。こいつ頭大丈夫か? 自分は笑いを堪え切れず、ウエンツも笑う。
打ち明けられるヘイトクライムの過去
話してみるとウエンツはアニメやゲームが好きな普通の若者だった。なぜ●薬の売人なんてやってるのか聞くと、まともに学校を出てないから仕事がないという。ウエンツは少年時代にスイスの学校で差別を受けて学校をドロップアウトしていた。あだ名はアジア人野郎。友達はゼロ。毎日殴られて池に落とされるヘイトクライム。学校で白人じゃないのは自分だけだったから辛かったと暗い表情で語るウエンツ。気が付くと店内は静まり返っていた。近くで●麻を吸っていた白人女性は涙を流していた。白人が幅を利かせていた店内の序列が逆転した瞬間だった。この雰囲気に耐えられなくなったのか、近くにいた白人男性が、
「日本の人種差別は酷いと聞いた」
と唐突に日本の話を始めた。日本で差別されてアメリカに移住した日米ハーフの友達がいると主張。白人もアジア人(日本人)も差別をしているからどっちもどっちという話にしたいらしい。それは話のすり替えだろと思った。その時、奥にいた黒人が突然立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。黒人といえば人種差別問題の権威。ついに真打ち登場。黒人が一体何を言うのか、この問題にどう決着をつけるのか、全員が固唾をのむ。だが彼が発した言葉は予想を遥かに超えるものだった。
「L●Dある?」
黒人はウエンツからL●Dを買って満足気な顔で去っていった。一瞬遅れて店内は大爆笑。白人とアジア人の人種対立は黒人のおかげで避けられた。それ以来自分は黒人をリスペクトしてやまない。
文/白正男
写真/パガン島で行われたフルムーンパーティのポスター
初出:実話BUNKAタブー2023年7月号
PROFILE:
白正男(はく・まさお)
職業:義士、漫画原作者。出身成分:核心階層(抗日戦士)。正しい歴史認識と人権思想を啓蒙するため、本誌連載作品『テコンダー朴』の原作を担当。