国を縛る憲法を国が変える怖さ
ちなみに芸能人のプライバシーなどを暴き立てるような下世話なゴシップ雑誌を作っておきながら、当事者の芸能人に名誉毀損で訴えられたら、表現の自由を侵害されたと騒ぐのは大きな間違いです。なぜなら憲法21条で保障された「表現の自由」は国が守る規定であって、名誉を毀損された芸能人が、文句を言い表現を侵害する分には何の問題もありません。したがって表現の自由を主張できるのは、少なくとも国家権力によって、規制を受けたときだけです。つまり猥褻図画を販売して、国家の犬である警察に取り締まられた場合などは、正々堂々と表現の自由を主張できます。それが認められるかどうかは別の話ですが。
ちょっと話が脇道に逸れてしまったので元に戻しましょう。前に書いたとおり、憲法とは国民が守るルールを定めた法律ではなく、国民の人権を国が侵害するのを防ぐために国が守るべきルールを定めた法律です。そして、もちろんあらゆる他の法律よりも憲法に書かれていることが優先されます。アメリカに押しつけられたクソみたいな憲法であろうと蔑ろにしてはなりません。ソクラテスではありませんが、「悪法も法なり」なのです。いくら内容に問題があり、不満があろうとも、一度施行された法律は改正されない限り遵守するのが民主主義国家というものです。なので国会で憲法改正を俎上に上げ、議論した上で改正しようという安倍内閣の手続きは決して間違っていません。ただし権力者を縛るための憲法を権力者サイドが改正しようとしているという事実を見逃してはなりません。
かつて第一次大戦後のドイツでは、国民の支持を背景に、ヒトラーが合法的な手続きで、全権委任法を成立させ、ナチスが三権のうち、立法権と行政権を一手に担うことで、なし崩し的に当時世界で最も進歩的な憲法と言われたワイマール憲法を抹殺しました。一般的には、ホロコーストでユダヤ人を大量虐殺した独裁者としての側面ばかりがクローズアップされがちなヒトラーですが、経済行政に関しては間違いなく天才でした。第一次大戦で大敗し、完膚なきまでに叩きつぶされ、その上に世界恐慌が襲ってきて、ハイパーインフレが起こり、失業者が街に溢れかえる状態のドイツ経済をわずか数年で立て直したのは、どう考えてもヒトラーの功績です。そして、その実績を背景に国民の圧倒的な支持を集め、彼は独裁者になったのです。
そして安倍晋三です。昨年、彼が首相になるまで、無為無策の民主党政権によって、日本経済はボロボロでした。円高は進み、株価は低迷し、まさににっちもさっちもいかない泥沼に陥っていたのです。その状態からアベノミクスを提唱、株価は上がり、円安も解消し、実体経済はどうであれ、瞬間的に日本経済は立ち直りました。当然、国民は熱狂し、支持率は上昇します。そして、その支持率をバックに安倍首相は、権力者にとって都合の良い法律改正に突き進みます。しかも日本国民の無知を良いことに、改正しようとしているのが、自らの権力を縛る目的の憲法というのが恐ろしいところです。
【後編記事「9条とかどうでもいいけど大半の日本人は憲法が何かを知らない【後編】」はこちら】
文/亀井S
初出/実話BUNKAタブー2013年8月号(※一部修正済み)