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東京ロッカーズ私観:ロマン優光連載384

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色々なものを突き合わせてみると、もともとプロトパンク的な音楽性を志向していた人たちがロンドンパンク的なものに音楽的影響を受けることなく、プロトパンク的なものを踏襲したり、ポストパンク的な方向に向かっていったということが何となく推測できる。

しかし、ポストパンク的なサウンドが多かったことについてはどういうことなのだろう。

レックとチコ・ヒゲが77年にNYに滞在し、レックがTeenage Jesus And The Jerks、チコ・ヒゲはThe ContortionsというNO WAVEの代表的バンドのメンバーとして在籍したという経験の影響は大きかったと思うが、それだけでは説明できないものはある。

ロンドン発のパンクムーブメントというムーブメントに触発された部分はあるかもしれないが、音楽的にはロンドンパンクに大きな影響を受けることはなかったのは、ロンドンパンク的な単純化されたロックンロールを演奏するにはすでに音楽的な知見がありすぎたのではないか。

それはイギリスでいえばパンクムーブメントの中で注目されたがそれ以前から活動していたThe StranglersUltravox!の在り方に似たものがあったのだろう。曲のテンポが速くなったというような影響はあったかもしれないが、すぐに独自の音楽性を発展させていきポストパンク的なところに向かったのが彼等である。

アメリカではミネアポリスのThe Suicide Commandos、ボストンのMission of Burma、クリーブランドのPere Ubuといったバンドと東京ロッカーズのシーンにいたバンドのいくつかに非常に近いものを個人的に感じていて、プロトパンクとポストパンクは感じるけどいわゆるパンクロック的なものは感じないバンドというか。あと、70年代クリーブランドのシーンはThe Velvet Underground以降の NYのシーンのアート的な部分とThe Stoogesの影響が強く、NO WAVEシーンとのかかわりもある。いわゆるストレートなパンクバンドは少なく、東京ロッカーズ周辺のシーンにシーンごと似ていたような気がする。

東京ロッカーズは大人によるマニアックなムーブメントであり、やるにしろ、聴くにしろある程度の音楽的教養が必要とされるものであるがゆえにローカルムーブメントにとどまったのだろう。

日本で全国的にパンクロックが広がるのにはザ・スターリンやアナーキーの成功を待つことになる。ザ・スターリンといえば自閉体時代は演奏に旧来のロック的部分が強く感じられ、それはそれで味があっていいのである。

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