それよりもここで重要なのは、江口氏が必要としたのは金井球氏が作品として発表している表現そのものだったということが明確に述べられていることで、大御所が若くまだ知名度の低い表現者の表現を無断で「コラージュ的な意識」(江口本人の弁)でほぼそのままの形で取り込むというのは搾取ではないのかということに繋がってくる。
そういったところを江口氏は全く理解してないのではないか。
自分の顔が知らないうちに街中に大きく貼り出されたら、驚くだろうしストレスもわかるので謝りたかったし、それで金井氏に謝罪したということを江口氏は述べ、友利氏に法的には謝る必要はなかったのかという質問をしている。
謝りたくて謝ったんだったら、そういう質問しなければいいのにとも思うが、ここでも重要なのは他人の表現を搾取したということに対する無自覚さである。
写真そのまま描いてしまったものがあるのは反省しているが、それは全体の1パーセントぐらいであり、そういったものが全てであるように批判してくると江口氏はネット民批判をする。
確かにそうなのだろうと思うし、ネット民批判のそういう部分に対する批判も正しいのだが、それを本人が言うのはどうだろう。たとえば、ヘッドホン(もちろん両耳に当てて)をして爆音で音楽を聴きながら自転車に乗っていることが複数回目撃されている人が、あの人はいつも音楽をヘッドホンで聞きながらチャリに乗っている人だと言われて「そんなの俺が自転車に乗っている時の1パーセントにすぎない」と主張してもきいてくれる人は少ないだろうし、言われても仕方がないだろうとも思う。
“そうですね。あと、これはルッキズム方面とかフェミ方面からですが、美人だけ描くなとか若い女だけ描くなとか言ってくる人も出てきてますよ。和洋間わず古くから存統してきた「美人画」というジャンルを潰す気かと思いますけど”
(P78、3段目、11行)
まあ、知らない人間にネットでなんか言ってこられるのは不快なのはわかるが、ルッキズムとかフェミニズムに興味もないし理解もしていない、好意的ではないことだけがなんとなく伝わってくる言葉の使い方だし、この特集でわざわざ不要な反発を生みそうなことを言う必要があることなのだろうか。
あと、美人や若い女を描くなといわれたわけでもないし、別に美人や若い女以外の人間の美やかわいさをイラストで表現しても、美人画というジャンルはなくならないだろう。
単に描きたくないとか、知らない奴に指図されてうっとおしいということなら、美人画とか持ち出さなければいいのに。
こういった発言は江口氏の印象を悪くすることはあっても良くすることはないわけで、これをそのまま発表する編集部に疑問を感じてしまう。
