そもそも、あそこに本当に平将門の首が埋められていたかどうかも不明だ。将門の首塚伝説、胴塚伝説は関東を中心に各地に複数存在する。将門の首塚は一つではないのだ。
また、あの場所はもともと古墳であった。
もともと古墳に対する畏怖・信仰めいたものがあったのが、それが墳墓であることが時代経過とともに住民の記憶から失われて信仰・畏怖めいたものだけが残り、後世に将門の怨霊伝説と結びついて将門の首塚とされるようになったのではないか。
しかし、こういう検証も呪いを信じたい人、信じてしまう人には意味があまりない。
結局のところ、それが呪いかどうか決めるのは人の心でしかなく、そういった物語が必要とされているかどうかの話である。
その出来事がどれだけ科学的に説明がつこうが、統計的に頻繁に起こる可能性があるものであろうが、それも呪いのせいで起きたと言ってしまえばそれだけの話だ。太田光が炎上するたびに「あれは呪いのせい」だと考えることも可能ではあるのだ。
愛之助の件以降に起きた災害や事件を呪いのせいだという人もいる。ほんとこういうのやめてほしい。この件と何の関係もない他人の人生を娯楽のための物語に巻き込むのは本当に最低な行為だと思う。
それはそれとして、あの時はなんで大きな出来事が起こらなかったのかと、過去の将門塚での迷惑行為の発生した時期とその時の災害や事件をあげて検証してみせても、「呪いは理不尽なものであり、現世の理でははかり知れない」とか言われたらそれまでなのだ。
発端となる出来事からどんなに時間がたとうが、どんなものであれ対象に不幸が訪れたなら、呪いを信じたい人、そうであってほしい人にとっては呪いである。
だから、愛之助に何か不幸なことが起これば、それはどんな些細なことでも、どんなに時間がたっていても「あれは将門の呪いだ」と言われ続けることになるだろう。

