ちなみに大谷は今年、韓国・ソウルで行われた開幕戦に「2番・指名打者」で先発出場。2度目のトミー・ジョン手術のリハビリ中であるため、打者に専念した結果、本塁打王に打点王、さらには「トリプルスリー(打率3割以上、本塁打30本以上、30盗塁以上)」を果たすどころか、「50−50(50本塁打以上&50盗塁以上)」という前人未踏の領域に足を踏み入れた。
ちなみに長嶋茂雄といえば幻のトリプルスリーがある。1958年9月19日の広島戦にて3打席目に左中間へのホームランを打つも1塁ベースを踏まずにアピールアウトとなっており、これが本塁打として記録されていれば打率3割5厘、37盗塁の30本塁打でルーキーイヤーにしてトリプルスリーを達成していたのだ。
トリプルスリー達成者は何人もいるが、トリプルスリー未遂は長嶋しかいない。
長嶋は俊足というイメージがあまりないかもしれないが、ランニング本塁打を3回記録しているほど、足が速かった。本人も「走ることは大好き」と公言しており、「一塁から二塁への走塁はあまり興味がなかった。一塁から三塁への距離感が大好きだった」と言う。さすが元「ポチ」!
長嶋のタラレバはこのくらいにして、とんでもないシーズンを過ごした大谷はポストシーズンへと。パドレスとの地区シリーズで1勝2敗と崖っぷちに立たされた大谷はこう言った。 「あとはシンプルに2勝するということだけを考える。今日終わったことは終わったことで、明日切り替えて頑張りたいと思います」 長嶋が監督時代に言った、この言葉のパクリだろう。 「まだまだですよ。今の野球は家に帰って風呂に入るまでわからない」
「世界一」と「9連続日本一」
結果、パドレスに2連勝して地区シリーズを優勝し、メッツも倒してリーグ優勝。最後にジャッジのいるヤンキースとのワールドシリーズも制して世界一となったドジャース。ただし大谷は左肩亜脱臼の影響もあって、活躍できなかった。