だいたい、小泉が爆風スランプのアルバム『JUNGLE』(1987年)に収録されていた「東の島にブタがいたVol3」(この曲は1987年にリリースされた小泉のアルバム『Hippies』に爆風スランプが提供した「東の島にブタがいた Vol.2」の歌詞違いのセルフカヴァーになる)が『夜のヒットスタジオ』で演奏された際に参加したのは1988年7月。
90年代からリベラルなアーティストとの交流も多く、この数年はリベラル寄りの発言を多くしてきた人である。
ファンの大半はそのことを気にしない人であろうし、気になる人の多くは既に脱落していおり、今回のことでショックを受けるファンは少数だと思うのが妥当だろう。
子供の頃に好きだったとか、好きな曲があってカラオケで歌うことがあるという人までファンということにすれば、記事の論調も成立しなくはないが、それは無理筋だ。
そう考えると「ファン」を前面に出して中立ぶりながら小泉批判がメインであるこの記事は、ろくに調べもせずに分断に乗っかって分断を煽る、色々な意味でひどい記事だと思う。
こういう記事も含めて本当にバカバカしい話だと思う。
Threadsで小泉を批判していた人は本当にKYON2のファンだろうし、他の80年代女性アイドルのコンサートにも通っていて、あの頃のアイドルが本当に好きなのだろう。
高市早苗総理大臣の支持者でもある彼が今の小泉今日子のコンサートに向かったことを不思議に思う人がいるかもしれないが、アイドルファンの中にはそういう自分が推しているアイドルがどういう人だか認識することがないまま推している人もいるのだ。
通常、アイドルオタクが集まってアイドルの話をすると賛否はともかく、大まかな認識配置することが多い。
特に小規模な現場の地下アイドルだと解像度は上がる。ステージでの言動。物販での会話。SNSや個人配信での発言。
いわゆるアイドルの典型から外れている人ほど自分が出てきてしまうのでわかりやすい。
しかし、他のメンバーのオタクであってもわかりやすいくらいに内面や思想が出てしまっている、そういう感じの人のオタクなのに、全くその人のことを理解できておらず、アイドルのテンプレ的イメージで語ったり、自分にとって都合のいい「優しい」とかいうイメージでしか認識できていないオタクもいるのである。
そういう人と推しの話をしていると別の人の話をしているかのような気分になる。
彼女が語る言葉、趣味、思想が何を言っているのかわからない、あるいは自分のイメージだけが大切で実際の彼女がどういう人か興味がないかどちらかなのだろう。
