アメリカの一超人にすぎないスーパーマンが他国の問題に首をつっこむことは政治的な問題になってしまうわけで、大人の判断をするなら関わるのは得策ではない。実際、デイリー・プラネットでのクラークの同僚であり彼の正体を知る恋人であるロイス・レインからも忠告を受けるし、ロードテック社からスポンサードされてヒーロー活動をしている「ジャスティス・ギャング」のメンバーたちからも否定的な意見を出される。大人であるならばそれが正しいのかもしれない。いや、それが現実的であるのだろう。しかし、それをしてしまうのが今作におけるスーパーマンであり、その青臭い良心のきらめきを私はまばゆく思ってしまう。
最後の最後まで気の利かない朴念仁である感じも含めて、本当に愛すべき青年だった。
レックスは自分の正義を信じている
対する敵役であるレックス・ルーサー。スーパーマン世界のヴィランとしておなじみのキャラクターだが、今回のニコラス・ホルトが演じる彼はルーサー・コープスのCEOであり世界的な企業家かつ天才科学者。実在のテック大富豪、とりわけイーロン・マスクを思わせるキャラ設定がされている。
まぎれもない天才であり、大富豪であるレックスだが心は満たされない。愛されたくてしょうがないのに人々から愛されず、人々の称賛を受けているスーパーマンを疎ましく思っている。
レックスが大衆から愛されないのは当たり前だといえば当たり前である。彼自身は自分の行動の善意を疑っていないふしがあるのだが、実際に劇中でやっていることを考えると、人を人とも思わず、自分以外の人間を下に見て、ただ下げみ、踏みにじるようなことしかしない身勝手で傲慢な人間が愛されるわけがない。
しかし、レックスは本来自分のものであるはずの人々からの称賛を、外惑星からやってきたスーパーマンが不当に奪っているというふうに感じ、彼にたいする敵意を燃やしている。スーパーマンの存在は彼にとって自身のコンプレックスを刺激する許されない存在だ。
劇中のレックスは許せないような卑劣なこと、残虐なことばかり繰り返す。マリに対してした仕打ちは絶対に許せないし、メタモルフォの息子を人質にとっているとこも許せない。あんないい人になんてことをするのだと思うし、あんな赤ちゃんになんてことをするのだと本気で腹が立ってくる。ネット工作でスーパーマンを叩くところもほんと腹が立つ。
でも、レックスは本当に自分の正義を信じているのだろうなとも思う。破損していたクリプト星の両親が残した映像を復元し、その内容を根拠にスーパーマンが地球侵略のために活動していると人々にスーパーマンを叩かせるようにネット工作に励むレックス。普通に考えれば破損してたんだからスーパーマンがそこを見れていないというのはわかりそうなもんだけど、そこに考えをおよぼすことなく、スーパーマンは侵略者であると信じている。あれは嘘をついているわけではなく、本気でそう思っているのだ。実際のSNSでも事実をもとに普通に考えれば成立しないようなことを根拠に他人を叩いている人がいる。嘘をついて相手を貶めようとしている場合もあるが、本気で自分の言っていることが正しいと思い込んでいる人も多く、対象に対する敵意のような感情が先行すると事実をちゃんと検証することができなくなってしまうのだろうと思っているのだが、レックスもそういう感じなのだろう。そういうところに、リアリティのある人間くささを感じる。そして、あの涙を見てしまうと、ゆるせないけど彼もまた人間なのだという哀れみともつかない複雑な感情がわいてきたのも、また確かなのだ。
レックスに限らず、脇役に対しても「なんか、ムカついてたけどこの人も人間なんだなあ」と思わせるシーンも多いが、ボラビア共和国のバジル・グルコス大統領だけは本当にただの糞。