社会への逆恨みで殺人を犯す
また“無敵の人”による悲惨な事件が発生した。今年1月、東京都杉並区で、40代の男性が部屋の立ち退きを求める強制執行に訪れた関係者2人を包丁で殺傷。犯人の男性は半年前からアパートの家賃を滞納しており、この日は部屋の明け渡し期限日だった。
犯人は「生活保護を受けていたが、スキマバイトをするようになってから生活保護を打ち切られた」と供述しており、現場にはカセットコンロ用ガスボンベ3本とライターや着火剤、ネジなどが詰められた段ボール箱も用意されていたという。少なくとも衝動的な犯行ではなく、「何かを起こしてやろう」と覚悟したうえで凶行に及んだようだ。
「滞納額は去年7月の時点でおよそ40万円だったそうです。一般的な感覚で言えば、決して人生が詰むほどの額ではありません。報道によれば、犯人は犯行のきっかけを『経緯の説明もなく、突然、生活保護を打ち切られた』とも語っているようですが、支払いの分割や猶予など、相談の余地はあったはず。実際、説明や説得もちゃんとされていたようで、執行側に落ち度はなく、犯人側の一方的な逆恨みでしょうね」(社会部記者)
訪れた10人のうち家賃保証会社社員と東京地裁の執行官の2人が刺され、うち1人が死亡した。いずれも日常的な自分の仕事をしていただけで、何ひとつ落ち度があったわけではない。犯人は「たまたま目に入った2人を刺した」と供述しているが、まさに典型的な“無敵の人”による殺人である。
改めて言えば、“無敵の人”とは社会的に追い込まれ、失うものが何もないため、社会的な制裁や法的な罰が抑止力にならない人間を指す。もともとインフルエンサーのひろゆきが2008年の「秋葉原無差別殺傷事件」を受けて使い出したと言われている。
「この秋葉原事件の頃にはすでに、社会から孤立した人間の暴発が問題視されていました。逮捕された犯人の加藤智大は当時25歳。派遣社員として不安を抱えたまま社会から孤立し、ネットで怨嗟を肥大させていった「非正規・孤独・怒り」の原型モデルだったと言えます。そう考えると、弱者を切り捨て、『自己責任』を強いる社会はすでに20年近く続いているわけですね」(社会部記者)
秋葉原事件以降も日本社会の閉塞感はさらに強まっていき、無敵の人が増加する下地が作られていった。
“無敵の人”を量産する社会
そして、今回の事件を知った多くの人がこう思ったはずだ。「ああ、またか」「ヤバい奴が自滅しただけ」「自分には関係ない」――。
実際、この事件を報じるニュースのコメント欄は、いつものように辛辣な「自己責任論」で埋め尽くされた。「働けるのに生活保護を受けている時点でおかしい。完全に自己責任」「どんな理由があっても殺した時点で同情の余地はゼロ」「制度のせいにするのは甘え。普通の人は犯罪に走らない」「こういう人間は社会に出てこないよう隔離すべき」等々。
