その証拠に06年8月にJR北陸線の特急電車『サンダーバード』車内で起きたレイプ事件。犯人は1人で座っている女性客の隣へ行き、「声を出すな。殺すぞ」などと言って脅し、トイレへ連れ込んでレイプしたという。そのとき、泣きながら無理やり連れて行かれる女性を40人ほどの乗客が見ていたのに、止める者はおろか、通報する者もいなかったという。事件が発覚したのは女性が被害届を出してからという話だから、本当に誰も何も言わなかったのだろう。実に恐ろしい。
前述のアンケートでは、65・1%の人が「駅係員を呼ぶなどの対処をする」と答えているが、その多くは間違いなく口だけだ。実際に電車内でトラブルに巻き込まれたとしたら、誰も助けてくれないと思った方がいい。運良くトラブルに気付いてくれる係員を待つしかないのだが、それすら来てくれるか怪しいところ。
14年の国交省鉄道局鉄道サービスの発表によれば、鉄道職員に対する暴力が年間887件発生しているという。下手に関わって殴られるのが嫌な係員が、見て見ぬ振りをするのはおかしくない。
要するにイライラが募りに募って誰しもが一触即発状態にある電車内でトラブルは不可避であり、誰かが助けてくれる可能性は極めて低い。裁判沙汰になったとしても、誰も証言をしてくれないのだから、痴漢のえん罪が多発するのも必然であろう。
新幹線では焼身自殺に鉈で殺害
痴漢えん罪は小説になったり、映画化されていたり、誰もが知る社会的な問題なのにもかかわらず、一向に減らない。無罪だったとしても、一度レッテルを貼られたら最後、逃れる術はない。結果、何もしていないのに「痴漢だ!」と言われて逃げ出す者もいる。
2017年5月18日、JR京浜東北線の川口駅ホームから降りて線路を走り、逮捕された男は「痴漢に間違われたと頭がパニックになり、逃げなきゃいけないと思った」と語っている。
その3日前には東急田園都市線の青葉台駅で痴漢行為をしたとして女性に訴えられた男が線路に飛び降り、電車にはねられて死亡した。
同年、上野駅近くのビルの間に転落して死亡した男もJR京浜東北線で痴漢を疑われて逃げていた。同様に痴漢を疑われて逃げたケースは多数ある。
実際に痴漢した者もいるだろうが、えん罪もあっただろう。つまり電車に乗るということは「何もしていなくても痴漢のレッテルを貼られ、社会的地位をすべて失う可能性があり、時には命を賭けてでも逃げなくてはならない」行為である。
それで電車に轢かれて死ねば人身事故。遅延の車内放送を聞いて、こう呟く者もいる。
「チッ、会社に遅れるだろ。どうしてくれんだよ……」
人が死んでいるのにこんな悪態をつける者を生み出しているのも、電車だ。