PR
PR

セクシー田中さんの悲劇で露わに SNSの問題は誹謗中傷にあらず

社会
社会
PR
PR

かといって、「誹謗中傷はよくない」は当然としても、暴力となりえるからといって「真っ当な批判もよくない」という風潮になってしまったらそれも問題です。そもそも、ネガティブなことだけが暴力になりうるわけではありません。なんらかの事情を抱えて、もう頑張れない人がいたとして、その人に無数の「頑張れ!」「応援してるよ!」という声が集まれば、その人にとってはもう暴力です。

事実、芦原さんにしても、自身の投稿へ反響が起きたあとに、死を選んだわけですが、その反響は、相沢さんや日本テレビにとってはネガティブなものだったにしろ、芦原さんにとってはポジティブな応援がほとんどだったはずです。この反響と芦原さんの死との因果関係はわかりませんが、最後に残した芦原さんの「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい。」という投稿を見れば、芦原さんに対してはポジティブだったであろう数多くの反響も、負担になっていたことは明らかです。芦原さんを応援&相沢さんや日本テレビを批判する投稿者たちは、別に匿名だから無責任な内容を投稿していたというわけでもないでしょう。おそらく実名でSNSを投稿していたとしても、正義感から同じ投稿をしていたのではないでしょうか。

PR

SNSは自動車と同様必要悪になってしまっている

「SNSの誹謗中傷こそ問題」「SNSの匿名性こそ問題」という世間の認識は大きな間違いでした。SNSは本質的に暴力性が含む危険なものなのです。もし誹謗中傷を誰もが一切行わず、皆が実名でSNSをやっていたとしても、悲劇は起こる可能性があります。前述した「被害者がSNSをやめなければいけないのはおかしい」論に関していえば、理不尽だろうがなんだろうが、辛かったらSNSは見てはいけないし、やってはいけないのです。

とはいえ、現在の社会の中でSNSを今更禁止するわけにもいきません。もう人々は、SNSの情報を収集する便利さ、SNSで発信して得られる承認欲求の気持ちよさ、ビジネスへの活用などを覚えてしまっています。

PR

流通や娯楽、ビジネスなど自動車なしでは成り立たなくなっている社会において、自動車がいくら死亡事故を起こそうとも禁止しようとはならないように、SNSを禁止しようという声も生まれないでしょうし、もし国家権力が規制を導入しようものなら、それこそ言論の自由に反するでしょう。

今後もSNSで誰かを傷つける問題が起きるたびに、「誹謗中傷が悪い」とか「匿名性が悪い」などといった声が上がってその場しのぎの解決策が提案されるかもしれませんが、SNSそのものが暴力性を秘めており、誹謗中傷がなくなっても匿名性がなくなっても問題は解決せず、また起こりうる、そのことは肝に命じておいたほうがいいでしょう。

 

文/田崎寿司郎
トップ画像/ドラマ『セクシー田中さん』公式HPより

古市憲寿のインボイスへの不満タラタラが何を今更感
ひろゆきが米山隆一に論破されて気持ちよくなってる人はなろう系小説読者と同じメンタル
鈴木エイト氏、竹田恒泰氏とのバトルを振り返る
ジャニー喜多川問題でテレビ局が反省してるなら「能年玲奈」を出せ

 

タイトルとURLをコピーしました