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無実の罪で何十年も拘束された胸クソ冤罪事件簿

社会
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54年3月10日、静岡県島田市内の幼稚園で6歳の女児が誘拐され、強姦後に殺害された事件。俗に言う「島田事件」である。容疑者として逮捕された赤堀政夫氏は60年に死刑確定も89年に無罪となっている。 みんな無罪になるまで長すぎだろ!  捜査機関は、事件当時に東京にいたという赤堀氏のアリバイ主張を無視! 犯人の目撃情報と赤堀氏の人相や体格は著しく異なっていたが、無視! 拷問で強要された自白によると凶器は石とされたが、司法解剖による鑑定にて石は否定! 200名を超える容疑者を取り調べた結果、赤堀氏以外にも自白した者がいたが、無視!……って、おい!!  これでよく赤堀氏を有罪と言い切れたなという話だが、それもそのはず。この事件を担当したのが、当時は名刑事、後に「昭和の拷問王」と呼ばれる紅林麻雄だったのである。

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「昭和の拷問王」紅林の大罪

国家地方警察静岡県本部刑事課の紅林麻雄警部補。警察内で表彰を受けた回数は200回ほどあり、検事総長賞も受賞している名刑事と呼ばれた人物だった。

その名が朽ちるきっかけとなったのは1948年に静岡県磐田郡幸浦村(現・袋井市)で起きた一家4人強盗殺害の「幸浦事件」と50年に静岡県磐田郡二俣町(現・浜松市天竜区二俣町)で一家4人が殺害された「二俣事件」、そして同年に静岡県庵原郡小島村(現・静岡市清水区)で女性が撲殺された「小島事件」である。

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