どちらの政策がいいとか、国民のため、日本のためにとかそんな理由ではない。キングメーカーとしての存在感を示すため、そしてあいつが好き、嫌いと、何ともくだらない、いつもの永田町の自民党の内輪の理由だったというのだ。
高市氏は、総裁選が終わってすぐ、党本部内の麻生最高顧問の部屋を訪ね「お礼に行った」(前出麻生派議員)上に、早々に麻生派からの三役起用や閣僚起用の人事を麻生氏に相談したという。
今回の総裁選、党の広報などは「変われ自民党! 日本の未来を語れ!」などとぶち上げてキャンペーンをしてきたが、「派閥」や「重鎮」といった古い自民党を露呈した。所詮「変われない自民党」そのものなのだ。
「高市リスク」で日本終了
さて、高市氏は、これまで声高に叫んできたタカ派、保守の政策を本当に進めていけるのか。
高市氏の総裁就任にネット上は大騒ぎ。いわゆるネトウヨや最近の保守志向のユーザーの書き込みであふれている。
《待望の総理! 高市》 《日本がやっとまともになる》 《憲法改正が実現します》 《外国人よ いまのうちに早く出て行ったほうがいいよ》
しかし、高市氏の保守の姿勢は本物か。
高市氏は生粋の自民党ではない。 無所属のあと自由党や自由改革連合、新進党など非自民の政党を渡り歩き1996年に自民党に移籍した。新進党は公明党や小沢一郎氏などがいた非自民。当時高市氏は当選するならどこでもいい、つまりタカ派でも保守本流でもなかった。
「自民党に移った高市氏は清和会(旧安倍派)に所属し、とにかく安倍(晋三)さんに気に入られようとべったりだったし、安倍さんも可愛がっていた。同じ安倍派の稲田朋美元政調会長がライバル。何のライバルかっていうと安倍さんに気に入られようと争っていた。このあたりからあくまでの安倍さんの気持ちを惹くためにタカ派的、保守色を強めていった」(旧安倍派ベテラン議員)